「頭ではわかっているのに、どうしてもやめられない…」
この記事は、あなたの中にいる2つの力を、無理やり戦わせるのではなく、人生を力強く動かす「最高の相棒」に変えるためのものです。
そのために、あなただけの「自分自身の取扱説明書」を手に入れる、具体的で、そして何より温かい思考術を、一つひとつ丁寧に解き明かしていきます。
その鍵は、最新の脳科学の知見と、古くからの叡智にあります。
さあ、あなたの中にいる2人の自分と深く和解し、より穏やかで、納得感のある毎日を手に入れるプロセスを、ここから一緒に始めましょう。
すべての基本。理性と本能、あなたを動かす「2人の自分」の正体
自分の中に、まるで正反対の2人がいるような、あの不思議な感覚。
その正体を知ることは、長年の悩みの原因がすっと腑に落ちるような、不思議な安心感をきっと与えてくれます。
まずは、あなたという船を動かしている「2人の乗組員」のキャラクターを、じっくりと見ていきましょう。
ここが、すべての基本になります。
1分でわかる!「理性」と「本能」のキャラクター比較表
言葉であれこれ考えるよりも、まずはこちらの表をご覧ください。
あなたの中にいる2人のキャラクターの違いが、一目でわかるはずです。
比較項目 | 理性 | 本能 |
役割 | 思考、計画、判断、抑制 | 生命維持、欲求、感情、直感 |
別名 | 遅い思考、熟考システム | 速い思考、自動システム |
脳の主な担当部署 |
前頭前野が中心的な役割を果たしますが、 |
大脳辺縁系や脳幹といった、より原始的な脳の部位が関与しますが、 |
思考スピード | 遅い(じっくり考える) | 速い(瞬時に反応する) |
判断基準 | 合理性、道徳、社会規範 | 快・不快、好き・嫌い、安全・危険 |
エネルギー源 | 集中力、意志力(消耗しやすい) | 欲求、感情(パワフル) |
得意なこと | 長期的な計画、複雑な計算 | 危険察知、芸術的ひらめき |
苦手なこと | 予期せぬ変化への対応 | 目先の誘惑に耐えること |
人間に例えるなら? | 経験豊富なベテラン航海士 | パワフルだが気まぐれなエンジン |
いかがでしょうか。
慎重で未来を見据える「理性」と、パワフルで今この瞬間を生きる「本能」。
…こんなにもキャラクターの違う2人が、あなたの心の中で常に一緒に働いている。
そう考えると、葛藤が起きてしまうのも、なんだか当たり前な気がしてきませんか?
脳科学の常識「二重過程理論」あなたの中のせっかちな “システム1” と慎重な “システム2”
先ほどのキャラクターの違いは、単なるイメージや感覚的な話ではありません。
実は、現代心理学と脳科学によって、その存在ははっきりと裏付けられているんです。
その最も重要な理論が、2002年にノーベル経済学賞を受賞した心理学者、ダニエル・カーネマンがその名著『ファスト&スロー』で示した「二重過程理論」です。
なんだか少し難しそうな名前ですが、
言っていることは、とてもシンプルです。
システム1(速い思考)
これが、まさに「本能」の働きです。
直感的で、自動的で、ほとんどエネルギーを使いません。
「2+2=?」と聞かれて「4」と即座に答えが浮かぶのも、
「慣れた」コントローラーの操作も、
親しい人の表情から「あ、今ちょっと機嫌が悪いかな」と察するのも、すべてこのシステム1のおかげです。
システム2(遅い思考)
こちらが、「理性」の働きです。
論理的で、分析的で、意識して「よっこいしょ」と集中しないと働いてくれません。
そして、脳のエネルギーをたくさん消費します。
「24×17=?」といった暗算や、複雑な契約書をじっくり読み解く時、
「初めて」行うものなど、
私たちは意識的にこのシステム2を起動させているのです。
面白いことに、私たちの脳は基本的に省エネが好きなので、日常のほとんどをシステム1(本能)に頼って、いわば自動操縦で生きています。
では、なぜ私たちの脳は、こんな二重構造に進化したのでしょう。
それは、危険な動物から瞬時に逃げるための「システム1」と、
未来を計画し、仲間と協力して社会を築くための「システム2」、
その両方が、人類が生き延びるために不可欠だったから、と考えられています。
どちらも、大切な役割を持った進化の贈り物なのですね。
【最重要モデル】心理学が教える「象と乗り手」あなたの関係は良好ですか?
脳の仕組みはなんとなく分かった。
では、私たちはこの2つのシステムと、一体どうすれば上手く付き合っていけるのでしょうか。
その最高の答えを示してくれるのが、社会心理学者ジョナサン・ハイトが提唱した「象と乗り手」という、分かりやすい比喩です。
これは、この記事全体の「OS」となる、最も重要な考え方になります。
-
私たちの本能・感情 = 巨大でパワフルな「象」
-
私たちの理性 = 賢いが非力な「乗り手」
少し、想像してみてください。
乗り手は、地図を読み、進むべき正しい目的地を知っています。
しかし、その体が乗っているのは、巨大でパワフルな象。
もし象が、道の脇にある美味しそうなリンゴの木に惹かれて歩みを止めてしまったら、乗り手がどんなに「こっちだ!」と手綱を引いても、びくともしないでしょう。
そうなんです。
「わかっているのに、できない」という私たちの葛藤の正体は、
「乗り手と象が進みたい方向が、ただ食い違っているだけ」なのです。
どちらかが悪い、という話では全くありません。
乗り手がどんなに正しいルートを知っていても、象が動いてくれなければ一歩も進めませんし、象がどんなにパワフルでも、乗り手が道を間違えれば、チームごと崖から落ちてしまうかもしれません。
問題の核心は、この一人と一頭からなる「チーム内のコミュニケーション不足」にあるのです。
この記事では、この「象と乗り手」の比喩を基本として、賢い乗り手になる方法、そしてパワフルな象を上手に導き、協力し合う方法を、これからじっくりと解き明かしていきます。
…少しだけ、立ち止まって、ご自身の心に問いかけてみませんか?
あなたの「乗り手」と「象」の関係は、今、良好でしょうか。
それとも、激しく綱引きをしていますか?
【この章のポイント】
私たちの心には、未来を考える「理性」と、今を生きる「本能」という異なるキャラクターが存在する。
脳科学ではこれを「システム2(遅い思考)」と「システム1(速い思考)」と呼び、どちらも生存に不可欠な役割を持つ。
両者の関係は「乗り手(理性)」と「象(本能)」。葛藤の原因は、このチーム内のすれ違いにある。
関連キーワード 二重過程理論, メタ認知, 脳科学
なぜ私たちは葛藤するのか?- その根本原因は「脳の構造」と「現代社会」にあった
自分の中に2人のキャラクターがいること、そしてその関係性が「乗り手と象」に喩えられること。
なんとなく、ご理解いただけたかと思います。
では、なぜ彼らはこんなにも頻繁にすれ違い、私たちの心をこんなにも悩ませるのでしょうか。
その原因は、繰り返しになりますが、決してあなたの意志が弱いから、という単純な話ではありません。
むしろ、私たちの脳が進化の過程で手に入れた「構造的な問題」と、そして私たちが生きる「現代社会」そのものに、大きな原因が隠されているのです。
この事実を知るだけで、
「…悩んで当たり前だったんだ」
と、きっと気持ちが楽になるはずです。
原因① 時間軸の対立 「未来の大きな幸福(理性)」vs「今の小さな快楽(本能)」
「明日からダイエットを始めよう」
「この動画を見終わったら、勉強を再開しよう」
…どうでしょう。
まるで昨日の自分の声を聞いているようだ、と感じる方も少なくないかもしれませんね。
これこそが、葛藤が生まれる、まさにその核心的な場面です。
この時、私たちの心の中では、「異なる時間軸」を生きる2人の自分による、静かな、しかし熾烈な綱引きが起きています。
理性(乗り手)の視点
常に「未来」の利益を最大化しようとします。
数ヶ月後に手に入る健康な身体、試験に合格した先のキャリア、貯金が貯まった未来の安心感…。
そんな、「未来の大きな幸福」を見据えています。
本能(象)の視点
彼にとって大事なのは「今、ここ」だけです。
目の前にあるケーキの甘さ、ソファの心地よさ、面白い動画の刺激…。
そんな、「今の小さな快楽(あるいは、面倒という苦痛からの回避)」を何よりも最優先します。
賢い乗り手は、地平線の先に見える豊かなオアシス(未来の幸福)を目指しているのに、パワフルな象は、すぐ足元にある小さな水たまり(今の快楽)に鼻を突っ込んで、動こうとしない…。
これが、私たちの葛藤の正体です。
この私たちの生まれ持った傾向は、行動経済学で「現在志向バイアス」とも呼ばれています。
人は誰でも、将来確実に得られる大きな利益よりも、今すぐ手に入る(たとえ小さな)利益の方を、不合理なほど過大評価してしまう性質を持っているのです。
ですから、目の前の誘惑に心が揺らいでしまうのは、あなたの意志が特別に弱いからでは決してなく、人間が厳しい自然界を生き延びるために、その時々の食料や安全を確保するようプログラムされた、極めて自然な反応だということ。
まずは、そんな自分を、「仕方ないよね」と、そっと受け入れてあげませんか。
原因② エネルギー効率の差 省エネな「本能」と、疲れやすい「理性」
では、なぜこの心の綱引きは、多くの場合でパワフルな象(本能)の勝利に終わってしまうのでしょうか。
その答えは、両者の「燃費」の、あまりにも大きな違いにあります。
思い出してみてください。
理性(システム2)は、脳のブドウ糖を大量に消費する、
「燃費の悪い大きなエンジン」のようなものでしたよね。
集中力や、何かを我慢する自制心は、使えば使うほど消耗していく、有限の貴重な資源なのです。
一方で、本能(システム1)は、ほとんどエネルギーを使わずに動き続ける「超省エネな自動操縦システム」です。
この事実を、私たちの日常に当てはめてみると、合点がいくことばかりです。
例えば、仕事や家事で一日中頭と心を使い、疲れ果てて帰宅した夜。
「健康のために、ここから自炊すべき(理性)」という声はか細く、
「もう無理。デリバリーでいいじゃない(本能)」という声が、圧倒的に大きく、魅力的に聞こえませんか?
これはまさに、理性(乗り手)が貴重なエネルギーを使い果たし、
「ガス欠」を起こしてしまっている状態なのです。
「集中力が切れる」状態ですね。
意志力は、まるで筋肉のようなもの。
使えば疲れるのが当たり前なのです。
問題なのは意志力の有無ではなく、限られた意志力エネルギーを、いかに賢くマネジメントしていくか、という視点に切り替えること。
これが本当に大切なんです。
そして、この問題をさらに深刻にしているのが、私たちが生きる「現代社会」です。
鳴り止まないスマートフォンの通知、無限にスクロールできるSNS、複雑すぎる人間関係…。
現代は、私たちの理性(乗り手)の貴重なエネルギーを、巧みに、そして意図的に奪い続けるように設計されている、と言っても過言ではないのかもしれません。
そんな環境の中で葛藤が増えてしまうのは、ある意味で、仕方のないことなのですね。
【深掘り分析】理性の暴走「分析麻痺」と、本能の叡智「直感」の真価
しかし、話は「理性が善で、本能が悪」というほど、決して単純ではありません。
ここが、自己理解をもう一段階、深くするための、とても大切なポイントになります。
時には、その賢いはずの理性が暴走し、私たちを袋小路に追い込んでしまう。
そして逆に、原始的に見える本能が、私たちを救ってくれることさえあるのです。
理性の暴走「分析麻痺(アナリシス・パラリシス)」
これは、考えすぎて、リスクを恐れすぎて、結局なにも決断できない…行動できない…という、苦しい状態です。
「最高の選択肢」を追い求めるあまり、目の前にある「そこそこ良い選択肢」すら逃してしまう。
そんな皮肉な状況に、心当たりはありませんか?
頭でっかちになりすぎて、自分の本当の気持ち(象の声)が聞こえなくなったり、正論というナイフで無意識に人を傷つけてしまったり…。
理性に偏りすぎるのもまた、とても危険な状態なのです。
本能の叡智「直感」
一方で、「直感」や「虫の知らせ」は、どうでしょう。
これは決してスピリチュアルな話ではなく、私たちの本能(象)が、これまで生きてきた過去の膨大な経験データを一瞬で検索し、
「こっちが安全そうだ」
「なんだか、嫌な予感がする」
と教えてくれる、無意識の高速パターン認識だと考えられています。
熟練の職人が下す瞬時の判断や、大切なパートナー選びで感じる「理屈じゃないけど、この人だ」という、あの温かい感覚。
これらは、理性だけでは決して辿り着けない、本能が持つ素晴らしい「叡智」と言えるのではないでしょうか。
とはいえ、「直感」と「ただの早い思考」を一緒にするのも危険です。
真のゴールは、理性が本能を一方的に支配し、黙らせることではありません。
賢い乗り手が、パワフルな象の声に敬意を持って耳を傾け、対話し、時にはその偉大な力を信頼して、思い切って身を委ねてみること。
それこそが、私たちが目指すべき、最高のパートナーシップと呼べるのだと、私は思います。
【この章のポイント】
葛藤の根本原因は、未来を見る「理性」と今を求める「本能」の時間軸の対立にある。
理性はエネルギー消耗が激しく、本能は省エネ。疲れていると本能が優位になるのは自然な脳の仕組み。
理性に偏ると「分析麻痺」に陥る危険があり、本能には「直感」という素晴らしい叡智も備わっている。
関連キーワード 現在志向バイアス, 自我消耗, 認知バイアス, 分析麻痺
※注釈 自我消耗の理論は、近年の心理学研究においてその効果の大きさや普遍性が議論の対象となっています(再現性の危機)。
しかし、私たちの実感として、集中力や意志力が有限の資源であるという感覚は、日々の生活をマネジメントする上で非常に重要な視点だと考えられます。
【体験ワーク】あなたの「象(本能)」はどのタイプ?自己分析で最初の一歩を踏み出す
さて、理性(乗り手)と本能(象)の仕組み、そしてその関係性が、だいぶクリアになってきたのではないでしょうか。
ここからは少し趣向を変えて、簡単なワークに取り組んでみましょう。
賢い乗り手として相棒の象と上手くやっていくには、まず、その象がどんな性格で、どんな個性を持っているのかを知ることが不可欠です。
好奇心旺盛でじっとしていられない象もいれば、慣れた場所でのんびりするのが好きな象もいます。
あなたの象は、一体どんなキャラクターなのでしょうか?
それを知ることは、これから最高のパートナーシップを築いていくための、大切で、そして何より楽しい第一歩になります。
簡易診断!3つの質問でわかる、あなたの「本能」の個性を知ろう
これから、日常で葛藤が起きやすい3つの場面について、あなたに質問をします。
あまり深く考え込まず、「もし、その場面に自分が遭遇したら…」と想像して、あなたの心(象)が最初に示す反応に、最も近いものを直感で選んでみてください。
これは厳密な科学的テストというより、あくまでご自身の傾向を知るための、ささやかな自己分析の時間です。
どうぞ、リラックスして、気軽な気持ちで取り組んでみてくださいね。
【質問1】 挑戦・機会への反応
もし、現在の仕事で「リスクはあるが、成功すれば大きなリターンがある新しいプロジェクト」に挑戦するチャンスが来たら、あなたの心(象)の最初の反応は?
A. 面白そう!ワクワクするし、すぐにでも挑戦してみたい。
B. 大丈夫かな…失敗したらどうしよう、と不安が先に立つ。
C. 周りの人はどう思うだろう?チームの和を乱さないかが気になる。
【質問2】 変化・安定への反応
もし、長年慣れ親しんだ快適な業務のやり方を、「より効率的だから」という理由で、全く新しい方法に変えるよう指示されたら、あなたの心(象)の最初の反応は?
A. 新しいやり方は面白そう。早くマスターしてみたい。
B. 面倒だな…。できれば今までのやり方のままでいたい。
C. みんなが賛成なら従うけど、できれば波風を立てたくない。
【質問3】 対人関係・調和への反応
もし、会議で大多数の意見が、あなたが「少し違うのでは?」と感じる方向に進んでいる時、あなたの心(象)の最初の反応は?
A. 反対意見でも、自分の考えははっきり主張したい。
B. ここで反論したら、面倒なことになるかもしれない…黙っておこう。
C. 空気を壊したくないし、嫌われたくないから、黙って頷いておこう。
お疲れさまでした。
あなたが選んだA・B・C、どのアルファベットが一番多かったでしょうか?
↓
↓
↓
▼ Aが一番多かったあなたは…
【挑戦・探求型の象】のパートナーです
あなたの象は、好奇心がとても旺盛で、新しい刺激や「面白そう!」と思えることが大好き。
退屈を何よりも嫌う、情熱的なエネルギーの持ち主です。
そのパワフルなエネルギーは、新しいことを始めたり、高い目標を達成したりする上で、とてつもない推進力になります。
一方で、時にそのエネルギーが強すぎて、乗り手(理性)が「ちょっと待って!」と慌てて手綱を引く場面も多いかもしれません。
衝動的な決断や、飽きっぽさには少し注意が必要かもしれませんね。
あなたの乗り手は、象の素晴らしいエネルギーを認めつつ、その力が向かう先を優しく示してあげる「ナビゲーター」の役割が得意かもしれません。
▼ Bが一番多かったあなたは…
【安全・維持型の象】のパートナーです
あなたの象は、慣れ親しんだ安心できる環境を好み、リスクや未知の失敗を避けたいと考える、慎重で思慮深い性格です。
その慎重さは、大きな失敗を防ぎ、物事を着実に、そして丁寧に進める上で素晴らしい強みとなります。
一方で、変化に対して少し臆病になったり、「どうせ無理だ」と最初から諦めてしまったりする傾向もあるかもしれません。
石橋を叩きすぎて、渡るチャンスを逃してしまうことも。
あなたの乗り手は、象の不安な気持ちに寄り添い、「ここまでなら絶対安全だよ」と具体的なスモールステップを示してあげる「優しいガイド」の役割が得意かもしれません。
▼ Cが一番多かったあなたは…
【協調・共感型の象】のパートナーです
あなたの象は、周囲の人々との調和や、他者から認められることを何よりも大切にする、共感力が高く、とても優しい心の持ち主です。
その優しさは、素晴らしいチームワークを生み出し、多くの人から愛される要因となるでしょう。
一方で、人に嫌われたくない、という気持ちが強すぎて、自分の本当の気持ちを抑え込んでしまったり、他人の評価に一喜一憂して疲れてしまったりすることもあるかもしれません。
あなたの乗り手は、
「周りも大事だけど、あなたの気持ちも同じくらい大事なんだよ」
と、象自身の心を丁寧にケアしてあげる「カウンセラー」のような役割が得意かもしれません。
さて、あなたの象はどんな個性を持っていたでしょうか。
もちろん、人間は誰でもこの3つの側面を併せ持っています。
ただ、なんとなくご自身の「傾向」が見えただけでも、大きな、大きな一歩です。
では、いよいよ次章から、あなたのタイプの象ともっと上手く付き合っていくための、具体的な「思考術」を見ていきましょう。
【この章のポイント】
理性(乗り手)が本能(象)と上手く付き合うには、まず自分の象の個性を知ることが第一歩。
簡易診断を通じて、自分の本能が「挑戦」「安全」「協調」のどの傾向が強いかを把握する。
自分のタイプを知ることで、自分に合った解決策を主体的に見つけやすくなる。
関連キーワード 自己分析, 内省, 動機づけ
【超実践編】理性と本能を最高の相棒にする3つの思考術
さて、自分の中にいる「乗り手」と「象」の存在、そしてそのユニークな個性について、深くご理解いただけたことと思います。
ここからはいよいよ、この2人を最高のパートナーにするための、超実践的な「思考術」を3つ、ご紹介します。
これは「気合で乗り切れ」といった精神論や根性論では全くありません。
心理学や行動経済学のしっかりとした知見に基づいた、誰でも今日から試せる、具体的で賢いアプローチです。
ご自身の象のタイプを思い浮かべながら、「これなら、できそうかも」とピンと来たものから、ぜひ試してみてください。
きっと、驚くほど気持ちが楽になるはずです。
解決策①【自己理解の羅針盤】「内なる対話」で自分チームの作戦会議を開く
(こんな方におすすめ 考えが堂々巡りして、決断できないことが多い方)
心の中で葛藤が起きた時、私たちはつい、どちらかの声を無理やり押さえつけようとしてしまいます。
しかし、それは逆効果。
押さえつけられた象は、ますます暴れるだけです。
そうではなく、一旦、静かに立ち止まる。
そして、自分の中にいる2人の言い分を、あなたが公平な立場で聞いてあげる。
まるで、チームの未来を決めるための、大切な作戦会議を開くように。
この「内なる対話」こそが、メタ認知(自分を客観視する力)を高め、心の混乱から抜け出すための、最も強力な羅針盤となります。
【具体的なステップ】
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Step1 葛藤に「気づき」、意識的に一時停止する
「ああ、今、自分の中で綱引きが始まっているな」と、まずはその事実に、そっと気づいてあげます。
そして、衝動的に行動する前に、意識して「待った」をかける。これが、すべての始まりです。
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Step2 それぞれの「言い分」を、否定せずに聞く(書き出すのが、本当におすすめです)
ノートやスマートフォンのメモを開いて、それぞれのキャラクターになりきって、心の声を書き出してみましょう。-
まず、冷静な「乗り手(理性)」の声
「なぜ、あなたはそれを『やるべきだ』と、そんなに強く思っているの?」と問いかけ、その答えを丁寧に書きます。
(例:「この仕事を今日中に終わらせれば、明日は安心して休めるし、何より自分に自信が持てるから」) -
次に、正直な「象(本能)」の声
「そっか。じゃあ、あなたはなぜ、それを『やりたくない』の? 本当は何を求めているの?」と優しく問いかけ、その答えを、どんなに子供っぽく思えても、否定せずにそのまま書きます。
(例:「もう疲れたんだ。難しいことは考えたくない。ただ、ソファでゴロゴロして、安心したいだけ」)
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Step3 両者が「それなら…」と納得できる「第三の道」を探す
両者の正直な主張が出揃ったら、司令塔である「あなた」が、愛情深い交渉人になります。
「どちらか一方」の我慢ではなく、「どちらのニーズも少しずつ満たす」ような、創造的な解決策を探します。(例)「仕事をすべき(理性)」vs「休みたい(本能)」の場合…
→ 統合案「よし、2人の気持ちはよく分かった。じゃあ、こうしないか? まず、タイマーをかけて25分だけ、驚くほど集中してやってみよう。
その代わり、終わったら10分間は一切の罪悪感なく、好きな動画を見て完全に休むことにしよう。それなら、どうかな?」
この対話の本当に素晴らしいところは、
0か100かの極端な選択から抜け出せることです。
自分の中にあるどんな欲求も否定せず、尊重することで、自己肯定感を保ちながら、現実的な「次の一歩」を踏み出せるようになります。
解決策②【本能を味方につける技術】ワクワクする感情で「象」を動かす
(こんな方におすすめ やるべきことへのモチベーションが、どうしても続かない方)
覚えていらっしゃいますか?
巨大でパワフルな象(本能)は、理屈では決して動きません。
彼を動かす唯一の燃料、それは「感情」です。
乗り手(理性)の最も重要な仕事の一つは、象を後ろから無理やり押すことではなく、象が「あっちへ行きたい!」と自ら楽しそうに歩き出すように、魅力的なエサで惹きつけることなのです。
【具体的なテクニック】
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① 「未来の記憶」を、五感で鮮やかに味わう
「ダイエットを頑張れば、将来健康になる」という正しい理屈だけでは、象の心は動きません。そうではなく、目標を達成した時の、最高の瞬間を「すでに体験した、嬉しい記憶」であるかのように、五感を使ってリアルに想像するのです。
「あの憧れの服に袖を通して、鏡の前に立った時の、誇らしくて、心が弾む感覚。
友人から『すごく素敵だね!』と褒められる、嬉しそうな声。体が軽くなって、駅の階段を楽々と駆け上がれる、あの爽快感…」
この「ワクワク」や「嬉しい!」という鮮やかな感情こそが、象にとって最高のガソリンになります。 -
② 行動のハードルを極限まで下げる「20秒ルール」
象は、とにかく面倒なことが大嫌いです。ならば、始めるのが面倒だと感じる暇すら与えないレベルまで、行動のハードルをこちら側で下げてしまえばいいのです。
ハーバード大学のショーン・エイカーが提唱する「20秒ルール」は、「始めたい習慣は、今より20秒早くできるように準備する」という、驚くほどシンプルで効果的な方法です。-
「運動したい」なら、寝る前にランニングウェアを枕元に畳んで置いておく。
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「読書したい」なら、机の上に本を開いたまま、付箋を挟んで置いておく。
たったこれだけで、象が「うーん、面倒くさいな…」と感じる心の隙間を埋め、スッと自然な行動に移れるようになります。
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解決策③【最強の裏ワザ】行動経済学「ナッジ」で意志力に頼らない環境を創る
(こんな方におすすめ わかってはいるけど、いつも目の前の誘惑に負けてしまう、という方)
これまでご紹介した2つも非常に強力ですが、ある意味で最もパワフルで、即効性のある解決策がこちらです。
それは、そもそも葛藤が起きにくいように、「環境」そのものを、賢くデザインしてしまうというアプローチ。
私たちの意志力(理性のエネルギー)が有限である、という事実を潔く受け入れ、「頑張る」という消耗戦から、賢く撤退する。
これは、2017年にノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラーらがその著書『実践 行動経済学』で提唱した「ナッジ(nudge:そっと後押しする)」という理論に基づいた、極めてクレバーな戦略です。
やることは、驚くほどシンプルです。
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① 望ましい行動のハードルを、徹底的に「下げる」
良い習慣を「つい、無意識にやってしまう」ように、環境を整えます。-
例: ジムに行くのが面倒なら、家の玄関にトレーニングマットを敷きっぱなしにしておく。
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例: 健康的な食事をしたいなら、週末にカット済みの野菜を冷蔵庫に常備しておく。
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② 望ましくない行動のハードルを、意図的に「上げる」
悪い習慣を「するのが、いちいち面倒」な状態にしてしまいます。-
例: ついスマートフォンを触りすぎるなら、寝室に充電器を置かず、リビングで充電する、というルールにする。
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例: お菓子の食べすぎに悩んでいるなら、鍵付きの箱にしまい、その鍵は別の部屋の引き出しにしまっておく。
-
いかがでしょう。
良い選択が「楽」で、悪い選択が「面倒」な環境を意図的に作ってしまえば、省エネが大好きな私たちの象(本能)は、ごく自然に、良い選択の方へと流れていきます。
これは、自分の本能を無理やり変えようとするのではなく、その愛すべき性質を逆手にとって、賢く味方につける、究極の思考術なのです。
【この章のポイント】
葛藤が起きたら、戦うのではなく「内なる対話」で両者の言い分を聞き、創造的な統合案を探す。
本能(象)は理屈ではなく「感情」で動く。「未来の記憶」でワクワクさせ、行動のハードルを極限まで下げる。
意志力に頼らず、そもそも葛藤が起きにくい「環境」をデザインする(ナッジ)のが最も賢い戦略。
関連キーワード メタ認知, 行動経済学, ナッジ理論, モチベーション, 習慣化
まとめ 賢い「乗り手」とパワフルな「象」と共に、あなただけの人生を歩もう
ここまで、あなたの中にいる冷静沈着な「乗り手(理性)」と、エネルギッシュで正直な「象(本能)」をめぐる、自己発見の道のりを一緒に進んできました。
時に激しくすれ違い、私たちを悩ませる、愛すべき2人。
しかし、もうお分かりの通り、どちらかが悪者なのではありません。
彼らは、あなたの人生という、たった一度きりの舞台における、かけがえのない、唯一無二のパートナーなのです。
葛藤の本当の原因は、あなたの弱さではなく、チーム内の「コミュニケーション不足」にありました。
そして、私たちが目指す真のゴールは、どちらかが一方を力で「支配」することではなく、互いの価値を認め、深く尊重し、協力し合う「最高のパートナーシップ」を、時間をかけて築いていくことでしたね。
最後に。
これからあなたが、賢い乗り手として、そしてパワフルな象の最高の親友として生きていくために、どうか大切にしてほしい「3つの心の指針」を紹介します。
【最高の相棒を育てるための3つの心構え】
-
心構え① ジャッジせず、ただ、観察する。
「ああまた、サボりたいと思ってしまっている…」
そんな自分に気づいた時、すぐに「なんて自分はダメなんだ」と、自分を裁かないであげてください。そうではなく、少しだけ心に距離をとって、「おや、僕の象は今、疲れているみたいだな。何か理由があるんだろう」と、ただ静かに観察してみる。
良い・悪いのレッテルを貼るのをやめるだけで、あなたの心は、驚くほど静かで、楽になるはずです。 -
心構え② 完璧を目指さず、対話を、続ける。
乗り手と象の関係が、一朝一夕に変わることはないかもしれません。時には、昔のパターンに戻って後悔する日も、きっとあるでしょう。
でも、それでいいんです。
本当に。
大切なのは、完璧であることではありません。どんな時でも、「どうしたんだい?」「本当はどうしたいの?」と、自分の中の2人との対話を、続けることを諦めない。
その優しい姿勢そのものが、何より尊いあなたの成長なのですから。
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心構え③ 何よりもまず、自分自身を、大切にする。
賢い乗り手も、パワフルな象も、あなたが心身ともに健康であってこそ、最高のパフォーマンスを発揮できます。
十分な睡眠。栄養のある食事。そして、心の底からリラックスできる、何もしない時間。
あなた自身という存在を、世界で一番大切なプロジェクトのように、丁寧に、丁寧に扱ってあげること。それこそが、理性と本能の両方を、内側から生き生きと輝かせる、最高の土台となります。
もう、あなたの中に敵はいません。
いるのは、あなたの成功と幸福を、心の底から願っている、
二人の、誰よりも頼もしいパートナーなのですから。
さあ、賢い乗り手として、そしてパワフルな象の親友として。
あなただけの素晴らしい人生を、これから共に、歩んでいきましょう。
もし、この記事を読み終えて、何か一つだけ試してみるとしたら。
まずは今日一日、あなたの中の「象」が喜ぶことを、一つだけ、許してあげてみませんか?
それは、温かいお茶をいつもよりゆっくりと一杯飲むことかもしれませんし、5分だけ窓を開けて、好きな音楽に静かに浸ることかもしれません。
その小さな優しさが、あなたと、あなたの相棒との、偉大なパートナーシップの始まりの一歩です。
【この記事のポイント】
理性と本能は敵ではなく、あなたの人生を豊かにするための最高の相棒(バディ)である。
葛藤の解決策は「支配」ではなく、「対話」と「協働」。
「ジャッジせず観察する」「対話を続ける」「自分を大切にする」この3つを心掛けることで、2人との関係は着実に育っていく。
このブログでは、今回のような心の仕組みの探求を通じて、
あなたが
「自分にとっての豊かさや幸せ」とは何かを見つけるための、様々な考え方を発信しています。
もしご興味があれば、他の記事も覗いてみてくださいね。
【参考文献 / 参考書籍】
-
ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』
-
ジョナサン・ハイト『幸福はどこにある―道徳心理学が見つけた、人生を豊かにする10の『大いなる真実』』
-
リチャード・セイラー, キャス・サンスティーン『実践 行動経済学』
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