いくら考えても、ぐるぐると同じ場所を回っているだけで、結論が出ない。
新しいアイデアを出したいのに、なんだかありきたりなことしか思い浮かばない。
情報を集めているだけで一日が終わり、ふと、置いていかれたような感覚に襲われる…。
そんな風に、思考の行き詰まりを感じているんじゃないかな?
原因は、情報が溢れすぎているこの時代に、私たちがいつの間にか身につけてしまった、ある「思考の癖」にあるのかもしれないね。それは、「たった一つの、完璧な正解」を探し求めてしまう、という癖。
この記事では、その根深い問題の解決のヒントとなる、ある哲学者の考え方を紹介しよう。
彼の名は、チャールズ・サンダース・パース。
なんだか難しそう?
大丈夫、心配はいらないよ。
ここでお伝えしたいのは、小難しい理屈や知識じゃなくて、明日からあなたの思考をふわりと動かすための、実践的な「思考の型」だ。そう、まるで一生使える「思考のエンジン」を手に入れるようなもの、と考えてみてほしい。
この記事を読み終える頃には、あなたもきっと、自らの力で答えを生み出し続ける、確かな手応えを感じているはずだよ。
この記事は、こんな方におすすめです
考えても堂々巡りになってしまい、なかなか結論が出せない方
新しい企画やアイデアの発想に、行き詰まりを感じている方
情報に振り回されることなく、自分なりの「思考の軸」が欲しい方
はじめに。なぜ今、パースの思想があなたの「思考停止」を救うのか?

考えても答えが出ない…。現代人が陥る「正解探し」という罠
会議で何か意見を求められても、当たり障りのないことしか言えなかったり。
企画書を作ろうにも、参考情報を集めているうちに、よく分からなくなって、結局、何も進まなかったり。
うん。そういうことって、あるよね。
その行動の裏には、きっと「もっと良い情報があるはずだ」「間違ったことを言いたくない」という、あなたの真面目で、とても誠実な気持ちがあるのだと思うよ。
ただ、少しだけ、立ち止まって考えてみてほしい。
その「正解探し」が、かえってあなたを動けなくさせているとしたら?
今の時代、状況は目まぐるしく変わって、何が正解かなんて誰にもはっきりとは分からない。
そんな中で完璧な答えを探し続けるのは、まるで、どこにあるかも分からないゴールを目指して、濃い霧の中をひたすら走り続けているようなものだ。
これでは、疲れてしまうのも当然だよ。
これが、多くの人が知らず知らずのうちに迷い込んでしまう、「正解探し」という罠の正体なんだね。
原因は能力ではなく「間違うこと」への無意識の恐怖という問題
じゃあ、なぜ私たちは、それが罠かもしれないと感じながらも、“正解”にこだわってしまうんだろう。
その答えの根っこには、私たちの多くが、これまでの経験を通じて心に刻んできた、「間違うこと=悪いこと、失敗」という、強い思い込みがあるように感じる。
たった一つの正解があって、それ以外はすべて不正解。間違えたら「はい、これ修正してね~」「ここ間違ってるよ、やり直して」みたいなことがあると、だんだんと「間違えないように」と慎重になっていく。
「あとから修正するのも面倒だし、慎重に、丁寧に作らないと…」
そんな風に、長い間、物事を判断する訓練をされてきたからね。
その経験が、「間違うこと」への無意識の、とても強い恐怖を、心の深いところに植え付けてしまったんだ。
ただ、その賢明なブレーキが、新しい挑戦や自由な発想を求められる場面では、かえって思考をガチガチに固まらせて、動けなくさせてしまう。そんな、少しだけ厄介なことが起きているのかもしれないね。
解決策は、パースの思想から学ぶ一生使える「思考のエンジン」
この根深い「間違いへの恐怖」から私たちをそっと解放して、止まってしまった思考を再び滑らかに動かし始める力。それこそが、パースの思想の核心にあるものなんだ。
なぜなら、彼の思想は、はじめから「唯一の正解」なんてものを目指さないから。
そうではなく、「間違い」を学びの糧としながら、粘り強く「より良い答え」を探し続けるための、具体的な思考のプロセスそのものを示してくれる。
この記事では、この強力な「思考のエンジン」を実際に動かすための、具体的な3つのステップを、この後一つひとつ丁寧に解説していくよ。
難しく考える必要はないよ。
きっと、あなたの思考の土台となる、心強い指針が見つかるはずだ。
【この章のポイント】
現代人が陥る思考停止の原因は、無意識に「唯一の完璧な正解」を探してしまう癖にある。
その根源には、社会や教育を通じて刷り込まれた「間違うことへの強い恐怖」が存在する。
パースの思想は、その恐怖から私たちを解放し、思考を再び動かすための実践的な「エンジン」となる。
【要点解説】パースの思想の全体像。3つの柱はどう連携するのか?
前の章で、私たちの思考を止めているものの正体が、なんとなく見えてきたね。
では、その「思考のエンジン」を生み出したのは、一体どんな人物だったんだろうか。
この章では、パースの思想の核心部分を、その全体像がふわりと掴めるように、ゆっくりと紐解いていこうか。
思想の背景。孤高の探求者、チャールズ・S・パースという人物
チャールズ・サンダース・パース。
100年以上も前に生きた、アメリカの哲学者であり、科学者でもあった人だね。
彼の人生は、決して平坦なものではなかったようだ。
その才能は誰もが認めながらも、どうにも組織というものには馴染めなかったらしく、孤高のうちに研究を続けた、と言われている。
ただ、ここで大切なのは、彼が決して書斎にこもるだけの学者ではなかった、ということ。
科学者として、常に実験や観察という現実と向き合いながら、「確かなものなんて何もないこの世界で、私たちはどうすれば、より良い答えに近づいていけるんだろう」と、その生涯をかけて問い続けた人だった。
彼の思想は、そんな生々しい探求の中から生まれた、いわば「生きた知恵」。
だからこそ、時代を超えて、私たちの心にじんわりと響くのかもしれないね。
①アブダクションとは?観察から仮説を生む「思考の出発点」
さて、ここからが本題だ。まず、多くの人が勘違いしていることから話そうか。
それは、
「アイデアは、何もないところから“ひねり出す”ものだ」という思い込み。
パースは、そうは考えなかった。
新しい発見やアイデアは、いつも日常の中にある「おや?」という、ささやかな驚きや違和感の観察から始まる、と考えたんだ。
そして、その観察した事実を、最も上手く説明できそうな「仮説」を立てる。
この推論のプロセスを、彼はアブダクションと名付けた。
言葉にすると少し難しく聞こえるかもしれないけど、私たちは普段から、無意識のうちにこれを使っているんだよ。
日常の例
「いつも静かな隣の家から、ピアノの音が聞こえる(観察)。…ふむ。もし、お隣の娘さんがピアノを習い始めたのだとしたら、この音はうまく説明できるな(仮説)。」
ビジネスの例
「先月から、ある商品の売上が急に伸びている(観察)。…ほう。もし、ある有名なインフルエンサーがSNSで紹介してくれたのだとしたら、この伸びは説明がつくかもしれない(仮説)。」
どうだろう。
天才的な閃きというよりは、もっと地に足のついた、なんだか誠実な思考法だとは思わないか。
このアブダクションこそが、止まっていた思考を動かし始める「最初の火花」。私たちの探求が始まる、とても大切な出発点なんだ。
②プラグマティズムとは?行動で価値を問う「思考の試金石」
アブダクションによって、たくさんの仮説が生まれるかもしれないね。
でも、それがただの空想や、頭の中だけの思いつきで終わってしまっては、少し寂しいだろう。
そこでパースは、私たちにこんな根本的な問いを投げかける。
「その考えが正しいとしたら、あなたの行動に、一体どんな違いが生まれるのか?」
これこそが、彼の思想の代名詞でもあるプラグマティズムの核心だ。
ある考えの意味や価値というのは、頭の中でこねくり回しているうちには見えてこない。その考えがあることで、私たちの具体的な行動がどう変わり、どんな結果が生まれるのか、その中にしか本当の意味はない、と彼は考えたんだね。
少し難しいので、比喩で考えてみようか。
「この岩は硬い」という考えの“意味”は、「硬い」という言葉の響きにあるわけではない。
- 「ハンマーで叩いても、きっと砕けないだろう」
- 「ナイフで傷をつけようとしても、こちらの刃がこぼれてしまうだろう」
…といった、具体的な行動によってもたらされる実用的な帰結の予測、そのざらっとした手触りのある感触の集まりこそが、その“意味”なんだ。
プラグマティズムは、無数に生まれた仮説の中から「試す価値のあるもの」と「そうでないもの」を見極めるための、いわばリトマス試験紙(試金石)のようなものだね。
この問いがあるからこそ、私たちの考えは、現実を動かす力を得るんだ。
③可謬主義(かびゅうしゅぎ)とは?学び続けるための「思考の態度」
仮説を立て、行動に移してみても、それがいつも上手くいくとは限らない。
うん。むしろ、最初はうまくいかないことの方が多いだろう。
ここで重要になるのが、パースの思想の土台となる「心構え」、
可謬主義(かびゅうしゅぎ)だ。
これは、「どんなに確からしい知識や信念であっても、原理的には間違っている可能性があり、いつか修正される運命にある」という考え方。
一見すると、少し悲観的に聞こえるかもしれないね。
でも、これは「どうせ間違うから無駄だ」なんていう、寂しい話ではないよ。
むしろ、逆なんだ。
「間違いこそ、より良い答えに近づくための、最も貴重な手がかりなのだ」と捉える、とても前向きで、科学的な態度なんだね。
私たちの知識は、一度作ったら終わりの、立派な「石の建築物」ではない。
常にどこかを改築したり、削ったり、増築したりしながら、住みやすくしていく「生きた家」のようなもの。
間違いの発見は、家の欠陥が見つかったということではなくて、より快適な家にするための絶好の機会、というわけだ。
絶対的な正しさに固執することが、かえって変化への対応を遅らせてしまう。
そんな現代において、この知的で謙虚な「間違いとの付き合い方」は、私たちの心をずいぶんと楽にしてくれるはずだよ。
3つの柱の連携「探求のサイクル」を回す思考法の全体像
さて、これまで3つの柱を個別に見てきた。
最後に、これらがどのように絡み合って、私たちの思考を力強く前進させるのか、その全体像を眺めてみよう。
これら3つは、バラバラに機能するわけではないよ。
以下のような、一つのなめらかなサイクルを形作っているんだね。
ステップ1(着火)
日常の観察から「おや?」という驚きを見つけ、【アブダクション】を使って「こうかもしれない」という仮説の火種を生み出す。
ステップ2(燃料注入)
その仮説に対し、【プラグマティズム】の問い(「もしそうなら、行動はどう変わる?」)を投げかけ、検証可能な具体的な行動計画という燃料を注入する。
ステップ3(走行と学習)
【可謬主義】の態度で、失敗を恐れずにその行動(実験)を実行する。そして、得られた結果から学び、最初の仮説を修正・更新する。
ステップ4(そして再び…)
その学習は、また新たな「おや?」(観察)へと繋がり、サイクルは再びステップ1から回り始める…。
この一連の流れを「探求のサイクル」と呼ぶ。
パースの思想とは、このサイクルを粘り強く、ただ淡々と回し続けることで、絶対的な正解ではなく「より良い答え」へと一歩ずつ近づいていく、知的で誠実なプロセスそのものなんだ。
【この章のポイント】
パースの思想は、アブダクション、プラグマティズム、可謬主義という3つの柱で構成される。
アブダクションは「観察から仮説を生む」出発点、プラグマティズムは「行動で価値を問う」試金石、可謬主義は「間違いから学ぶ」心構えである。
これら3つは連携し、「仮説→実践→学習」という「探求のサイクル」を回すことで、私たちの思考を前進させる。
【実践編】パースの思想を日常で使う。思考が動き出す3ステップ
前の章で、パースの思想が3つの柱で構成される「探求のサイクル」であることが、なんとなく見えてきたね。
でも、理論はわかっても、「じゃあ具体的に、明日から何をすればいいの?」と感じるかもしれない。うん、きっとそうだろう。
この章では、その探求のサイクルを実際に回すための、とてもシンプルで、それでいて強力な3つのステップを紹介しよう。あなたの日常に眠っている思考力を、そっと解き放つための、具体的な実践マニュアルのようなものだよ。
STEP1:アブダクションを応用し、日常から「仮説の種」を見つける思考法
最初のステップは、思考のエンジンを始動させるための「火種」を見つけること。
前の章で学んだアブダクションを、日常で使いこなすための具体的な方法だね。
ここで紹介するのは『観察→仮説ノート』という、とても簡単なノート術。
具体的なやり方
アクションは、たったの2つだけだ。
アクション1:日常の「おや?」を捕まえる
まずは、ノートでもスマートフォンのメモ帳でも、何でも構わない。仕事や生活の中で、あなたの心が少しでも「ん?」「なぜだろう?」と動いた瞬間を、日付と共に一行だけ、ぽつりと書き留めてみて。
例えば、「なぜか、あの人の説明だけはスッと頭に入るな」とか、「今週、特定の曜日だけ、やけに身体が重いな」といった、本当にささやかなことでいい。
ここでの大切なポイントは、分析したり、評価したりしないこと。
ただ、鳥が木の実を拾うように、心の琴線に触れた事実をコレクションする感覚で、気軽に記録してみてほしい。
アクション2:「もし〜なら、説明できる」と考える
次に、記録した「おや?」という事実に対して、「もし、〇〇という理由だからだとしたら、この事実はうまく説明できるかもしれない」という形で、思いつく限りの仮説を書き出してみよう。
ここでは、質より量が大切。
正解かどうかは気にせず、少し突飛なアイデアでも構わない。とにかく自由に、発想を広げてみて。
この「おや?」という観察から仮説を生み出すプロセスこそ、前の章で学んだアブダクションの実践に他ならない。
これを続けていくと、アイデアというものはゼロからひねり出す特別な才能ではなく、日々のささやかな気づきに耳を澄ませる、丁寧な観察眼から生まれてくるのだと、きっと体感できるはずだよ。
もし、うまくいかないと感じたら
もし「おや?」が何も見つからなくても、焦る必要はないよ。
そんな日は無理に探さず、ゆっくり休むことを優先してほしい。観察力は、心の余裕から生まれるものだからね。
STEP2:プラグマティズムを応用し、考えを「具体的な行動」に変える思考法
さて、ノートにたくさんの「仮説の種」が集まってきたら、次のステップだ。
ここでは、それらの仮説を、具体的で検証可能な「行動計画」へと育てていく。ここで活きてくるのがプラグマティズムの考え方だね。
そのための思考法が『“だから、何?”具体化ブリッジ』。
仮説という名の「思い」と、現実世界とを繋ぐ「行動の橋」を架けるための、シンプルな思考実験だよ。
具体的なやり方
自分自身に、2つの問いを投げかけるだけ。
問い1:「だから、何が変わる?(So what?)」
STEP1で立てた仮説の中から、特に気になるものを一つ選んでみよう。例えば、「あの人の説明が分かりやすいのは、いつも結論から話してくれるからだ」という仮説。
これに対して、「だから、何が変わるんだろう?」と問いかけ、その結果生まれるであろう変化を書き出す。例えば、「会議の時間が、無駄に長くならずに済む」といった具合だね。
問い2:「で、誰の“行動”がどう変わる?」
さらに、ここからが肝心だ。「その結果、具体的に“誰の”“どんな行動”が、どう変わるのだろう?」と、徹底的に掘り下げていく。
先ほどの例なら、「“私が”、“次回のチーム報告の際に、まず結論の一文から書き始めてみる”」というように、主語と具体的なアクションが明確になるまで具体化しよう。
この「行動の変化」を粘り強く問う姿勢こそ、プラグマティズムの核心だったね。
この問いを通して、あなたの考えは、単なる思いつきではなく、初めて現実を動かすための意味と力を得るんだ。
STEP3:可謬主義を応用し、失敗を「学びのエネルギー」に変える思考法
具体的な行動計画まで立てられたら、いよいよ最後のステップ。
ここでは、「失敗」というブレーキを外し、安心して一歩を踏み出すための心の持ち方と、その結果から学びを得るための習慣を身につける。可謬主義の精神を、実践的なサイクルに落とし込むわけだ。
このステップを『仮説→検証サイクル』と呼ぼう。
これは成功を目指すのではなく、学びを最大化するためのサイクルだよ。
具体的なやり方
おすすめしたいのは、3つの小さな習慣だ。
習慣1:行動を「実験」と宣言する
STEP2で決めた行動を起こす前に、手帳や心の中で、そっとこう宣言してみて。「これは成功か失敗かを問うものではなく、あくまで仮説を確かめるための“実験”なのだ」と。
たったこれだけで、結果に対する過剰なプレッシャーから、心が少し自由になるのを感じられるはずだ。
習慣2:結果を「データ」として客観視する
実験を終えたら、その結果が予想通りでも、そうでなくても、感情的に一喜一憂するのは少しだけ脇に置いておこう。
代わりに、「これで貴重なデータが一つ取れた」「ふ~ん、こうなるのか」と、科学者のように客観的に受け止め、何が起きたのかという「事実」だけをメモしてみる。
習慣3:「次の仮説」を考える
最後に、感情的な「反省会」をするのではなく、「このデータから、最初の仮説はどう改善できるだろうか?」と、次の探求に繋がる建設的な問いを自分に投げかけてみよう。
もし、うまくいかなかったとしても、それは失敗ではない。ただ、「この見立ては少し違っていたようだ」ということが分かった、大きな前進なんだ。
よく言われているようなやつだね。
すべての行動は仮説の検証であり、間違いはより良い答えに近づくための貴重な手がかりである、と考える。この知的で謙虚な姿勢こそ、可謬主義の精神そのものだね。
このサイクルを回し始めることで、あなたの辞書から「失敗」という言葉が消え、すべてが「学習」へと変わっていく。そんな感覚を、きっと得られるはずだよ。
もし、うまくいかないと感じたら
もし「実験」の結果に落ち込んでしまいそうになったら、結果ではなく、「行動できた」自分自身を、まずは認めてあげてほしい。探求とは、一歩進めたこと自体に、大きな価値があるのだから。
【この章のポイント】
パースの思想は、具体的な3つのステップで日常に落とし込むことができる。
STEP1『観察→仮説ノート』で、アブダクションを応用し、日常から思考の火種を見つける。
STEP2『“だから、何?”具体化ブリッジ』で、プラグマティズムを応用し、仮説を行動計画に変える。
STEP3『仮説→検証サイクル』で、可謬主義を応用し、失敗を学びのエネルギーに変え、探求を続ける。
【深掘り】パースの思想の真髄と、思考の解像度を上げる知識
さて、ここまでパースの思想の全体像と、それを日常で使うための具体的なステップを見てきた。ずいぶんと、思考のエンジンが温まってきたんじゃないかな。
この最後の章では、さらに一歩踏み込んで、あなたの思考の解像度をぐっと高めるための知識と、この思想が持つ、ちょっと驚くような現代的な価値について、探求していこうか。
【表で比較】アブダクション・演繹法・帰納法の違いと最強の連携術
前の章でアブダクションを学んだけど、「そういえば、演繹法(えんえきほう)や帰納法(きのうほう)とは、一体どう違うんだっけ?」と、頭の片隅で思った方もいるかもしれないね。
大丈夫だよ。ここで、あなたの思考の道具箱を、一度すっきりと整理しておこう。
難しい定義はさておき、それぞれの役割を一言で表現すると、こんな感じになる。
演繹法: 決まったルールから、確実な答えを導き出す「検証の思考法」。
帰納法: 多くの事実から、共通のルールを見つけ出す「発見の思考法」。
アブダクション: ある事実から、それを説明する仮説を生み出す「創造の思考法」。
この3つの違いを、もう少し詳しく、シンプルな表にまとめてみた。
| 推論方法 | 目的 | 思考の方向性 | 得られる結論 |
| 演繹法 | 検証・予測 | ルール → 結論(予測) | 確実(前提が正しければ) |
| 帰納法 | 確証・法則性の蓋然性の確立 | 事実の集積 → ルール(仮説)の確からしさ | おそらく正しい(蓋然性が高い) |
| アブダクション | 仮説の発見・創出 | 結論(驚くべき事実) → 仮説 | かもしれない(可能性) |
ここで、とても大切なことをお伝えするね。
これらは、どれが優れているかを競うものではなくて、探求というプロセスにおける、役割の違う仲間のような関係なんだ。
例えば、あなたが未知の土地を探検していると、少しだけ想像してみてほしい。
まず【アブダクション】を使って、「この地形なら、あちらの森に泉があるかもしれない」と、進むべき道を示す「仮の地図(仮説)」を描く。
次に【演繹法】を使って、「もしこの地図が正しいなら、次の角を曲がれば泉が見えるはずだ」と、具体的な予測を立てる。
そして【帰納法】を使って、実際に何度もそのあたりを歩き回り、本当に泉があるかどうかを事実で確かめる(実験・観察)ってわけだ。
ね。こんな風に、3つの思考法がチームとして連携することで、探求は闇雲なものではなくて、より確かなものへと変わっていくんだ。
【発展】デザイン思考に繋がるパースの思考法の普遍的な価値
「100年以上も前の哲学なんて、現代に本当に役立つのかな?」
もしかしたら、そんな風に感じている方もいるかもしれない。
でも、もしパースの思想が、現代のビジネスシーンで注目されている「デザイン思考」や「リーンスタートアップ」といった手法と、驚くほど似た構造を持っているんだ。
デザイン思考という手法を、耳にしたことはあるかな。
ユーザーを深く観察し、共感することから始めて、試作品(プロトタイプ)を作り、テストを繰り返しながら、新しい製品やサービスを生み出していく考え方だ。
このプロセス、どこかで見覚えはないか?
ユーザーを深く「観察」し、隠れたニーズという「事実」から課題の「仮説」を見つけ出すプロセス。…うん、これはまさにアブダクションだね。
その仮説を、具体的な試作品という「行動」に落とし込むプロセス。これは、プラグマティズムの考え方そのものだ。
そして、試作品はあくまで仮説であり、「間違いうる」ことを前提に、ユーザーからのフィードバック(データ)を得て学び、改善を繰り返していく「サイクル」。これは、可謬主義の精神と、見事に重なり合う。
また、IT業界などでよく使われるリーンスタートアップという手法の「構築→計測→学習」というサイクルも、本質的にはパースの「仮説→検証サイクル」と同じ構造を持っているんだ。
つまり、私たちが今学んでいるのは、古い哲学なんかではない。
現代のイノベーション手法の根底に、脈々と受け継がれている、人間が未知の問題を探求するための、普遍的で本質的な「思考の型」なんだ。
あなたがこれから身につけようとしているのは、小手先のテクニックではなく、時代を超えて通用する、錆びることのない力だということ。そのことに、少しだけ自信を持ってみてほしいな。
【この章のポイント】
アブダクション・演繹法・帰納法は優劣ではなく役割が違い、連携させることで探求の精度が高まる。
アブダクションで仮説を生み、演繹法で予測を立て、帰納法で検証するのが理想的な使い方である。
パースの思想は、現代の「デザイン思考」や「リーンスタートアップ」にも通底する、普遍的で強力な「思考の型」である。
まとめ。パースの思想を、あなたの武器にする

ここまで読み進めてくださったあなたは、すでに行き詰まりを打開するための、とても強力な思考の指針を、その手にしているよ。
この記事で一貫してお伝えしてきたのは、パースの思想が、書棚に飾られるような単なる哲学知識ではなく、答えのない時代を生き抜くための、実践的な「思考の型」である、ということだったね。
なぜなら、彼の思想は、はじめから「唯一の完璧な正解」を探す、苦しい道ではないからだ。
そうではなく、
日常のささやかな観察から、可能性の芽である仮説を生み出し(アブダクション)
その仮説の価値を、具体的な行動を通じて問い直し(プラグマティズム)
たとえそれが間違いであったとしても、そこから謙虚に学び続ける(可謬主義)
という、私たちが自らの力で、粘り強く「より良い答え」を創造し続けるための、具体的なプロセスそのものを示してくれたんだ。
それは、日常の小さな「おや?」をメモすることから始まる、誰にでも実践可能なサイクルであり、デザイン思考のような現代の最先端の手法にも通底する、驚くほど普遍的な力を持っている。
そして、この「思考の型」を身につけるということは、便利な思考法を手に入れること以上の、もう少し深い意味を持っているように、私は思うんだ。
それは、「完璧な答えなど、おそらくどこにもない。だからこそ、私たちは謙虚に学び、恐れずに試し、粘り強く探求し続けることができるのだ」という、
“生きる態度”そのものを、自分の心の指針として、そっと持つということなのかもしれない。
あなたの探求を、ここから始めてみよう。
今日の帰り道でも、明日の朝のコーヒーの時間でも、いつでも構わないよ。
何か一つでいいんだ。あなたの心が「おや?」と動いた瞬間を、メモ帳に、ぽつりと書き留めてみてほしい。
分析も、解決も、まだ必要ない。
ただ、その小さな気づきを、そっと捕まえること。
それが、止まっていたあなたの思考が、再び力強く、そしてしなやかに動き出す、記念すべき第一歩となるはずだ。
あなたのこれからの探求の道のりを、応援しているよ。
【この記事のポイント】
思考停止の原因は「完璧な正解探し」と「間違いへの恐怖」にあり、パースの思想はその解決策となる。
彼の思想は「アブダクション(仮説)→プラグマティズム(実践)→可謬主義(学習)」という「探求のサイクル」を回す、実践的な思考の型である。
この思考法は、日常で使える具体的なステップに落とし込め、時代を超えて通用する普遍的な力を持っている。
より深く学びたい方へ(参考文献)
今回ご紹介した思想について、さらに探求を深めたいと感じた方のために、信頼できる一冊を挙げておくね。少し専門的だけど、その思索の深さに触れることができるはずだ。
米盛裕二 著『パースの哲学―情報記号論の展開』勁草書房, 2003年.
このブログでは、他にもあなたの日常が少しでも豊かになるような、様々な「考え方」や「物事の捉え方」を探求しているよ。もしよかったら、他の記事も覗いてみてね。
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