「私の人生、このままでいいのかな…」
ふと、そんな虚しさや焦りを感じるあなたへ。
この記事は、その苦しい『意味探し』からあなたを解放し、何でもない毎日が少しだけ豊かになる、新しい視点を贈ります。
ここでは、壮大な答えの代わりに、哲学や心理学といった先人たちの知恵から生まれた、具体的な『考え方の道具』をお渡しします。
読み終える頃にはきっと、あなたの心が楽になっているはずですよ。
「私の人生、このままでいいのかな…」って、心が空っぽに感じてしまう
週末の夜、SNSの光の中で感じる、言いようのない焦りの正体
週末の夜。
ようやく訪れたしんとした静かな時間。
部屋の明かりを少しだけ落として、あなたはきっとスマートフォンの冷たい光に照らされている。
画面の中をすーっと指でなぞれば友人たちの充実した日々がきらびやかに流れていく。
それに比べて自分の毎日はなんてことない平凡な繰り返し…。
あぁそう思うと、なんだか胸の奥がきゅーっとなるようなあの感じ。
焦りと呼ぶには少し静かで、虚しさと呼ぶには何かが足りない。
まるで自分だけがこの世界の流れからぽつんと取り残されてしまったようなそんな心細さ。
「私の人生、このままで本当にいいのかな…」
少しでもそんな気持ちを抱えているのなら、まずこれだけは知っておいてほしいんです。
あなたが頑張って自分の人生を真剣に見つめているからこそ、そういう気持ちになるんです。
もっと豊かに生きたいとあなたの心が正直に願っているとても誠実な証拠なんですから。
この記事は「答え」を教えません。ただあなたの気持ちが楽になる「新しい視点」を贈ります
はじめに正直にお伝えしておきますね。
この記事には「これをすれば人生の意味がズバリわかる!」というような魔法の解決策は書いてありません。
うーん、そういうものを期待していたら本当にごめんなさいね。
私がお渡ししたいのはそういう便利な答えではなくて、物事の捉え方をちょこっとだけ変えるための「新しいメガネ」のようなものなんです。
これからのお話の中では昔の偉い人たちが考えた哲学や心の仕組みを解き明かす心理学の知恵を少しだけお借りしようと思います。
でもどうか身構えないでくださいね。
それらはあなたの毎日を少し楽にするためのとても便利な「考え方の道具」だと思って気軽に付き合っていただけたら私も嬉しいです。
結局、大切なのはそういうことなのだと思います。
壮大な人生の意味が見つかっていなくてもきっと大丈夫。
ただ昨日よりも少しだけ自分の過ごす毎日が愛おしく感じられたり。
明日を迎える気持ちがふわーっと楽になっていたり。
そんなささやかで温かい変化があなたに訪れることを目指して、ゆっくりと話を進めていきますね。
なぜ私たちは、これほど「人生の意味」という“呪い”にかかってしまうのか?
「意味のある人生を送らなくちゃ」。
いつの間にか私たちはそんな目に見えないプレッシャーをまるでリュックサックみたいに背負ってしまっている。
そんな気がします。
でも一体どうしてなんでしょうね。
この少し厄介で重たい“呪い”の正体をこの章で一緒にそーっと紐解いていきましょうか。
生き方の正解がなくなった時代と、SNSが加速させる「他人の人生との比較地獄」
少しだけ昔の話をしてもいいですか?
かつてはね、世の中にはある程度の『生き方のモデル』というものがぼんやりとですが存在していました。
良い学校を出て安定した会社に入って温かい家庭を築いて…。
それが唯一の正解というわけではなかったけれど、多くの人がそこを目指して歩いていける大きな川の流れのようなものがあったんですね。
でも今は違います。
私たちはどんな生き方を選んでもいい。
そういう素晴らしい自由を手に入れました。
その一方で…そう、その一方で私たちは『自分だけの正解』を誰の助けもなしにたった一人で見つけ出さなくてはならないという大きな責任も一緒に背負うことになったんです。
途方に暮れちゃう、そんなの。
そしてそんな私たちの手のひらの上で煌々と光を放ち始めたのがSNSの世界です。
ご存知の通りSNSは他人の人生の一番輝いている「ハイライトシーン」だけを切り取って見せてくれるとても便利で…そして時々少し残酷な装置。
うまくいかない今日の仕事。
誰にも言えない悩み。
ベッドから出たくない朝。
そういう泥臭くてちっとも『映えない』自分の日常、つまりは“舞台裏”の全部と、
他人のキラキラと編集された“表舞台”のハイライトだけを、
私たちは無意識に比べて、比べて、比べてしまう。
その結果、
「それに比べて私の人生はなんて…」
と心がずーんと重たくなってしまう。
これはもう現代に特有の「比較地獄」とでも言うしかないなんとも厄介な仕組みなんですよね。
「意味」という壮大すぎる問いが、あなたを無気力にさせるワナ
あぁ、それからもう一つ。
皮肉なことに私たちにはこんな心のクセがあるんです。
「人生の意味とは一体何だろう…?」
この真面目でとても大切な問いについて真剣に考えれば考えるほど今日のやる気を失ってしまうというなんとも不思議なワナが。
これはあなたが怠け者だからとかそういう話では全くありませんからね。
あまりにも問いが大きすぎて私たちの脳は「えーっと…何から考えればいいんだ?」とフリーズしてしまうんです。
それはまるで目的地が「地球のどこか素敵な場所」とだけ告げられてコンパスも地図も渡されずにただ広い広い荒野にポツンと一人で立たされているようなもの。
そしてこの思考停止がじわじわと日々の生活に影を落としてきます。
「人生の意味」という大きな答えが見つからない限り、目の前のアイロンがけもキーボードを打つ指先も
「こんなことをして一体何になるっていうんだ…」
と急に色褪せて無意味に感じられてしまう。
私はずーっとそう感じてきました。
壮大なゴールばかりを見上げていると足元に咲いているはずの小さな野の花の美しさや一歩踏みしめた時の土の感触に気づけなくなってしまうんです。
そして人生というものはいつだってその「足元の小さな一歩」の積み重ねでしか作られていかないというのに…
これこそが私たちの心を静かにでも確実に蝕んでいく悲しいワナの正体なんですね。
【この章のポイント】
「人生の意味」に苦しむのは生き方の正解がなくなりSNSで他人と比較しやすくなった現代だからこそ。
「意味」という壮大すぎる問いはかえって私たちの思考をフリーズさせ今日のやる気を奪ってしまうワナになることがある。
この苦しみはあなたのせいじゃない。社会の仕組みや思考のクセが原因。だから自分を責める必要なんてこれっぽっちもありませんよ。
その虚しさ、敵じゃない。心が送る「もっと豊かに生きたい」という大切なサイン
心がきゅーっと締め付けられるような「不安」や、
まるで風船がしぼんでしまったみたいに空っぽに感じる「虚しさ」。
私たちはついこういう厄介な感情を「悪いもの!」って決めつけて早くどこかへ追い払ってしまいたくなりますよね。
うん、その気持ちよくわかります。
でもね、もしその感情たちがあなたをもっと素敵な場所へ連れて行くために現れた「味方」だとしたらどうでしょう。
この章ではそんな新しい視点に立ってあなたの心ともう少しだけ仲良くなるお話をしてみたいと思います。
「虚しい」は「今のままでは嫌だ」という、魂からのエネルギーの表れ
「あぁなんだか虚しいな…」
そう感じる時私たちは「自分はなんてダメなんだろう」って自分にダメ出しをしてしまいがちです。
でも本当にそうでしょうか。
私はね、
虚しさっていうのはあなたの魂が発するとても正直でとても力強いエネルギーの表れだと思うんです。
それはまるで「今の生き方」と「あなたが心の奥底で本当に望んでいる生き方」の間に少しズレが生じていますよって知らせてくれる心のアラームみたいなもの。
-
今の仕事に本当はもう心が燃えていないのかもしれない。
-
日々の人間関係がどこか上辺だけで本当は寂しいのかもしれない。
虚しさはそういう「心の声」にあなた自身が気づくための大切な、大切なきっかけをくれているんです。
だから虚しさは決して無気力な状態なんかじゃありません。
むしろ「このままじゃ嫌だ!」と変化を求める強いエネルギーを静かにじーっと内に秘めている状態。
それはこれからぐーんと前に進むための準備運動のようなもの。
エンジンがかかる直前の静かで力強いアイドリング状態だと思って少しだけその感覚を信じてあげてみませんか。
不安や焦りは、あなたの価値観がアップデートされている証拠
「周りのみんなはどんどん前に進んでいるように見えるのに自分だけがずっと同じ場所で足踏みしている気がする…」
そんな不安や焦りを感じるのって本当にしんどいですよね。
胸がざわざわして息が浅くなるようなあの感じ。
でもその胸を締め付けるような不安や焦りこそ、あなたがこれまでの古い価値観という服を脱ぎ捨てて新しい自分に生まれ変わろうとしているとても素晴らしい証拠でもあるんですよ。
私はこれを心の「成長痛」みたいなものじゃないかなって思っています。
子供の背がぐんと伸びる時に骨がきしむように痛むことがありますよね。
それと同じなんです。
私たちの心が成長して人生で大切にするものが変わっていく過程ではきしみや痛みを感じるのがむしろすごく自然なこと。
-
これまでキラキラして見えていたものがなんだか急に色褪せて見え始めた。
-
これから自分は一体何を心の指針にして生きていけばいいんだろうって途方に暮れてしまう。
それはあなたが次のステージへ進むための大切な変化のサイン。
あなたの価値観が新しくアップデートされている確かな証拠なんです。
だからもし不安や焦りを感じたら
「あぁそっか。今自分は何か大切なことに気づき始めているんだな」
って少しだけ自分を褒めてあげてみてくださいね。
今日からできる、はじめの一歩 自分の感情に「どうしてそう感じるの?」と優しく問いかけてみる
この章の最後にとてもシンプルで誰にでもすぐにできることを一つだけ。
あなたの心の中に虚しさや不安がお客さんのように訪れた時。
それを無理に追い出そうとしたり必死に原因を分析したりする必要はありません。
ただ一日に一度でいいんです。
自分の心にこう問いかけてみてあげてください。
「そっか今虚しいんだね。どうしてそう感じるんだろう?」
「そっか今焦っているんだね。何がそんなに不安なのかな?」
まるで一番大切な親友の相談に静かに耳を傾けてあげるように。
優しくただ優しく。
答えを出すのが目的じゃありません。
良いとか悪いとかそういうジャッジもいりません。
ただ自分の感情にそっと気づいて寄り添ってあげる。
それだけであれほど荒れていた心が少しずつ少しずつ凪いでいく。
そしてあなたが本当に望んでいることがふと霧の晴れ間から顔を出すように見えてくるきっかけになるはずですから。
【この章のポイント】
「虚しさ」は現状を変えたいと願う前向きなエネルギーの表れ。
「不安」や「焦り」はあなたの価値観が成長し新しくなっている証拠。心の成長痛みたいなもの。
ネガティブな感情は敵じゃない。ただ優しく「どうして?」と問いかけ寄り添ってあげるだけで心はちゃんと落ち着いていく。
思考のOSを入れ替える。「意味を探す人生」から「経験を味わう人生」へ
さて、ここからがこの記事で一番あなたにお伝えしたいことかもしれません。
もしあなたが「人生の意味」というものが見つからなくて本当に苦しいのなら。
いっそのことその「意味を探す」っていう行為そのものを一度えいっ!とやめてみませんか?
それはまるで使い慣れたパソコンのOSをまったく新しいものに入れ替えるような、ちょっとした勇気がいることかもしれません。
「意味を探す」というOSから「今この瞬間の経験をただ豊かに味わう」というまったく新しいOSに。
この章ではそのための具体的な視点と方法についてゆっくりお話ししていきますね。
【哲学の知恵】カミュの結論「人生は“不条理”。だからこそ私たちは最高に自由だ」
「人生にね、もともと意味なんてないんですよ」
いきなりこんなことを言うとなんだか寂しくて身も蓋もない言葉に聞こえるかもしれません。
うん、そうですよね。
でも昔のフランスにいたアルベール・カミュという哲学者はこれこそが私たちをあらゆる苦しみから解放してくれる最高の希望の言葉だと考えました。
カミュさんは人間が「人生にはきっと何か素晴らしい意味があるはずだ!」と心から求める一方で、世界はそれに対して「…(シーン)」とただただ沈黙で応えるだけだと言います。
このどうしようもないすれ違い、この矛盾した状態を彼は「不条理」と呼びました。
その象徴として彼は、自身の著書『シーシュポスの神話』でも語ったギリシャ神話に出てくる「シーシュポス」という男の人の話をします。
シーシュポスは神様をだました罰としてとてつもなく大きな岩を来る日も来る日も山頂までえっちらおっちらと運び続けるという罰を受けます。
でもようやく山頂に着いたと思った瞬間その岩はゴロゴロと麓まで転がり落ちてしまう。
そしてまた最初からやり直し…。
これ以上ない意味のない不条理な罰ですよね。
しかしカミュは最後にこう言い切るんです。
「私たちはシーシュポスが幸福であったと考えなければならない」と。
…え、どうして?って思いますよね。
シーシュポスは自分の運命が無意味であることを誰よりも骨の髄まで理解していました。
その上で彼は神々に心の中で悪態をついて(これは私の想像ですが)自分の意志で情熱を込めてその重たい岩を運び続けた。
その「反抗」そのものに人間の尊厳と喜びそして幸福があったんだとカミュは考えたのです。
この考え方を私たちの日常に当てはめてみましょう。
人生にあらかじめ用意されたどこかにあるはずの「壮大な意味」なんて最初から存在しないんだと受け入れた時。
私たちは初めて「意味を探さなくちゃいけない」というあの重たい重たいプレッシャーから解放されるのです。
そして意味がないからこそ。
今日のランチに何を選ぶか、誰に「おはよう」と微笑むか、目の前の仕事をどんな気持ちでこなすか。
その一つひとつの行動を誰の指図も受けず完全に自由にあなた自身の意志で味わい楽しむことができるようになるんです。
「不条理」とは絶望なんかじゃない。
私たちに与えられた最高の自由の証明なのかもしれませんね。
「人生の意味は?」を「この一杯のコーヒーを味わう意味は?」に変換するだけで世界は変わる
そうは言っても、ねぇ。
いきなり「人生の捉え方をまるごと変えましょう!」なんて言われても難しいですよね。
わかります。
そこで誰でも今日からすぐに、なんならこの文章を読んだ1分後から始められるとても簡単な思考のテクニックをご紹介します。
それは「問いをうんと小さく、ちーっちゃくする」という方法です。
やることはたった一つ。
「私の人生の意味とは一体何だろう…?」
というあまりにも大きすぎる問いを、
「今この瞬間のこの体験の意味は何だろう?」
という手のひらサイズの問いに意識的に変換してみる練習です。
今までの大きな問い | これからの小さな問い |
「私の人生の意味は?」 | 「この一杯のコーヒーを味わう意味は?」→答え「あ〜、いい香り。ホッとする…」それで満点。 |
「なぜ私は生きているの?」 | 「この夕日を美しいと感じる意味は?」→答え「うわー、綺麗…。心が洗われるなぁ」それで満点。 |
「どうすれば幸せになれる?」 | 「この音楽を聴いて心地よい意味は?」→答え「なんか、ただただ、気持ちいい…」それで満点。 |
どうでしょう。
答えはそんな単純な心のつぶやきで十分なんです。
特別なことである必要は全くこれっぽっちもありません。
大切なのは壮大な答えを探して未来や過去へと心をさまよわせるのをやめて、意識のピントを「今ここ」に戻してあげること。
そしてあなたの五感が感じていることをただ素直に「うんそうだね」って肯定してあげること。
人生って何か特別なイベントの連続なんかじゃなくて、
この
「何でもないけどなんだか心地よい瞬間」の丁寧な丁寧な積み重ねでできているんです。
この小さな「意味」を一つひとつ自分で発見し味わっていくこと。
それが結果的に「私の人生もうん、なかなか悪くないじゃないか」という大きな温かい肯定感に繋がっていくのだと私はそう信じています。
今日からできる、はじめの一歩 今日の食事で一口だけ、五感のすべてで味わってみる
もし理屈で考えすぎてなんだかよく分からなくなってしまったら。
もう頭で考えるのは一旦やめにしましょう。
代わりに身体で感じてみるのが一番です。
今日何かを食べる時にこれだけ試してみてください。
「最初の一口」だけでいいんです。その一口だけスマホやテレビを消して五感のすべてを使ってそれを味わってみるのです。
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まず目で見てその形や色ツヤを観察する。
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鼻でくんくんと香りをかいでみる。
-
口に入れた時のあの食感や温度を舌の上で感じる。
-
ゆっくりと噛み締めながらじわーっと広がる味を感じる。
-
ごくりと飲み込んだ後の喉を通る感覚や口の中にふわりと残る余韻を確かめる。
ただ心の中でその感覚をぼーっと実況中継するように。
たった一口。
でもきっといつもよりずっと豊かで満たされた気持ちになるはずです。
それこそが「経験を味わう」ということの何より分かりやすいあなただけの答えになりますから。
【この章のポイント】
「人生に意味はない(不条理)」と受け入れることは絶望じゃない。むしろ私たちをプレッシャーから解放する最高の自由である。(カミュの哲学)
「人生の意味は?」という大きな問いを「この瞬間の意味は?」という小さな問いに変換するだけで日常の中にたくさんの豊かさを見つけられるようになる。
頭で考えるより五感を使って「今」を味わう体験が何よりの答えになる。まずは「最初の一口」から。
心理学が教える、有限な時間を「記憶に残る豊かさ」で満たす3つの具体的な習慣
「経験を味わう」という新しいOSをあなたの心にインストールできたなら。
次はそのOSを日々の生活の中でスムーズに動かすための具体的なアプリケーション、つまりは「習慣」をいくつか入れていきましょうか。
この章では心理学の知見に基づいた誰でも簡単に今日からすぐに始められる3つの習慣をご紹介します。
人生という限られた時間を他人からの「いいね!」の数ではなく、
あなた自身の「あぁ良い時間だったな…」という記憶に残る豊かさで満たしていくためのとても実用的な心の道具です。
習慣① 一日の終わりに小さな感動を。記憶をデザインする「ピーク・エンドの法則」
少しだけ思い返してみてほしいのですが、
先週一週間であなたの心にじんわりと温かく残っている「良い時間」はいくつありましたか?
ちなみに私は新しい本を買って1週間くらい読まずに積読しておく。
そして1週間ぐらいたったら読み始める。
この、買ってから読まずにちょっとだけ置いておく時間が、もう、本当に幸せ。
これが私の小さな幸せの一つ。
もし「うーん、あんまり思い出せないな…」と感じたとしても、それはあなたが充実していなかったということでは決してないんです。
ただ記憶に残りやすくするための「小さな工夫」をしていなかった。
きっとただそれだけ。
ここで一つ面白い心の仕組みをご紹介しますね。
ノーベル経済学賞というすごい賞をもらった心理学者ダニエル・カーネマンさんが見つけた「ピーク・エンドの法則」です。
これは私たちの記憶というものが体験全体の長さとか平均点とかで決まるんじゃなくて、
-
感情が一番ぐぐっと高まった瞬間(ピーク)
-
その物事の終わり方(エンド)
このたった二つの印象によってほぼすべてが決まってしまうという法則なんです。
面白いでしょう?
つまりね、一日中ずっと完璧にテキパキと精力的に過ごす必要なんて全くないっていうこと。
むしろ
一日の終わりにたったの5分でもいいからあなたのためだけの「心地よい時間」を用意してあげる。
それだけでいいんです。
良い「エンド」の具体例 |
お気に入りのマグカップで一杯だけ良い香りの紅茶を淹れてふぅーっと息をつく |
好きな音楽をスマホを置いてたった1曲だけ目を閉じてじっくりと聴く |
寝る前に簡単なストレッチで頑張った身体を優しくゆーっくりとほぐす |
心地よい香りのするハンドクリームを「お疲れ様」って言いながら丁寧に丁寧に塗り込む |
このあなただけの「最高の締めくくり」がその日全体の印象を「あぁなんだか色々あったけど良い一日だったな」ってあなたの記憶にポジティブなインクでくっきりと刻みつけてくれます。
これはもう自分の人生の満足度を自分自身で編集していく「記憶のデザイン術」とでも言えるかもしれませんね。
習慣② 無力感に効く特効薬。「完了体験」が自己肯定感を育むメカニズム
「どうせ私が何をしても何も変わりっこない…」
人生の虚しさの根っこにはしばしばこういう無力感がどっしりと根を張っています。
この感覚って本当に辛いですよね。
心がどんどん重たくなっていく。
そんな無力感に驚くほど効果のある特効薬があるんです。
それは大きな目標は一旦ぜんぶ忘れて
ごくごく小さなタスクを「始めてちゃんと終わらせる」という経験を意識的に積み重ねていくこと。
これを「完了体験」と呼んでいます。
誰でもできる「完了体験」の例 |
机の上の書類の小さな山だけを片付ける |
郵便受けに溜まったいらないチラシを破って捨てる |
スマートフォンの使っていないアプリを3つだけ消す |
キッチンのシンクにあるグラスだけをきゅっきゅと洗う |
読みたかった本をたった5分だけ読んでみる |
ポイントは「よしやるぞ!」と思ってから15分以内に確実に終えられること。
なぜこんな些細なことが心に効くのでしょうか。
それは私たちの心の中にある「自己効力感」という感覚と深くふかーく関係しています。
自己効力感とは平たく言えば
「うん、私ならなんとかなる。自分の人生をちゃんとコントロールできる」という自分自身への静かな信頼感のこと。
「自分で決めて自分でやり遂げられた」という小さな小さな成功体験は、この自己効力感を育てるための最高の栄養ドリンクになるんです。
この「私ちゃんとできたじゃん」という小さな自信の積み重ねが「どうせ何も変わらない」という心の霧を少しずつでも確実に晴らしてくれるはずですよ。
習慣③ 「お金」より「心の満足」。あなただけの「豊かさの物差し」を持つ方法
私たちは本当に驚くほど無意識のうちに他人と同じ物差しで自分の幸せを測ってしまいがちです。
年収、役職、住んでいる場所、持っているモノ…。
でもそのキラキラして見える物差しは本当にあなたの心を奥の奥からじんわりと満たしてくれるものでしょうか。
もし少しでも「うーん…」と違和感があるのなら。
いっそのことあなただけの「豊かさの物差し」を今日ここで作ってしまいましょう。
そのヒントとして3つの軸を提案させてください。
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感覚の豊かさ
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頭でごちゃごちゃ考えるんじゃなくてあなたの五感が「あぁ心地よいな…」ってうっとりする瞬間です。
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例:淹れたてのコーヒーの湯気の香り、ふわふわのタオルの肌触り、風が木々を揺らす音、夕焼けのあの切ないくらい美しいグラデーション。
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時間の豊かさ
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「やらなきゃ」を忘れてただ「やりたい」に夢中になっている瞬間。時間を忘れるくらい何かに没頭している時間です。
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例:趣味に没頭する、知らなかったことを学ぶ、何かを創る、ただただ好きな音楽を聴く。
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-
関係性の豊かさ
-
誰かと一緒にいて「あぁ安心するな…」って心の鎧を脱げるような繋がりです。ドキドキやワクワクじゃなくて穏やかさや温かさが基準。
-
例:気のおけない友人との中身のないおしゃべり。家族との何でもない食卓。パートナーとの言葉はいらない静かな時間。
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どうでしょう。
この3つの軸であなたの日常にある「豊かな瞬間」を探してみてください。
きっとあなたがすでにたくさんのたくさんの豊かさをその両手の中に持っていることに気づくことができるはずです。
今日からできる、はじめの一歩:寝る前に、今日あった「小さな幸せ」を3つ書き出してみる
さてこの章の最後に。
今日ご紹介した3つの習慣のエッセンスがぎゅぎゅっと詰まったとても簡単でそれでいて強力なワークを一つ。
それは
眠る前に今日一日であった「良かったこと」や「感謝したいこと」をたった3つだけ書き出してみるというものです。
これは「スリーグッドシングス」といってポジティブ心理学の分野でも幸福度を高める効果が科学的にちゃーんと証明されているんですよ。
-
「今日の空、雲が面白い形だったな」
-
「コンビニの店員さんの『いってらっしゃいませ』がなんだか優しかったな」
-
「夕食のあのお豆腐がつるんとしててすごく美味しかったな」
本当にこんな些細なことでいいんです。
というか些細なことの方がいいんです。
大切なのはあなたの日常の中に宝石みたいに隠れているポジティブな側面に意識的にピントを合わせる練習をすること。
これがあなただけの「豊かさの物差し」を日々確かなものにしていく何よりのトレーニングになりますから。
【この章のポイント】
記憶は「ピーク(感情の最高潮)」と「エンド(終わり方)」で決まる。一日の終わりに小さなご褒美を用意するだけで人生の満足度はぐっと上がる。
無力感には小さな「完了体験」を積み重ねることが特効薬。「私できたじゃん」という感覚が心を元気にする。
他人と比べるのはもうおしまい。「感覚」「時間」「関係性」という自分だけの物差しで日常に隠れた豊かさを見つけ出そう。
【85年の科学的結論】結局、私たちの幸福を決めるのは、たった一つのことだった
これまで人生を豊かにするための様々な視点や心の習慣についてお話ししてきました。
個人の心の持ち方や日々の小さな工夫。
うん、それらがとても大切なのは間違いありません。
でも、もし。
人の一生を85年という途方もない時間をかけて追いかけ続け「一体何がその人の幸福を本当に決めたのか」を科学的に徹底的に調査した世界で最も信頼できる研究があるとしたら。
あなたはその「最終回答」を知りたくありませんか?
この章では私たちの意識を「自分一人の内面」という小さな部屋からぐぐっと外の世界へと広げてくれるある衝撃的でそしてとても温かい事実についてお話します。
【ハーバード大学の最終回答】人生の満足度は「温かい人間関係」がすべて
その研究の名前は「ハーバード成人発達研究」。
すごい名前ですよね。
1938年から始まってハーバード大学を卒業したエリートたちやボストンの貧しい地区で育った若者たち総勢724人の人生を、彼らがまだ10代だった頃からおじいさんになるまで
…なんと85年以上にわたって追いかけ続けている前代未聞の長期研究です。
研究者たちは彼らの血液を採り脳をスキャンし仕事や家庭について数え切れないほどの質問を投げかけ続けました。
そしてその膨大な膨大なデータがたった一つの驚くほどシンプルな結論を私たちに示してくれたのです。
その結論とは。
お金でも名声でも必死に働くことでもありませんでした。
私たちの幸福と健康を生まれてから死ぬまでずっと支え続けてくれる最も重要な要因はただ一つ。
「温かい人間関係」でした。
この研究では本当に胸にじんわりと響くような事実がいくつも明らかになっています。
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50歳の時の人間関係に満足している人ほど80歳になった時に身体的にも精神的にも最も健康であった。
-
パートナーと安定した温かい関係を築いている人はそうでない人に比べて年をとっても記憶力が衰えにくかった。
-
そして「孤独」という感覚は人の心と身体にタバコやアルコールと同じくらい深刻なダメージを与えてしまう。
…どうでしょう。
私たちはこれまで「人生の意味」というなんだか難しくて壮大な答えを必死に自分一人の頭の中だけで見つけようとしていたのかもしれません。
でもハーバード大学が人の一生にも匹敵するほどの長い時間をかけて見つけ出した答えはもっとずっと私たちのすぐそばの手の届く場所にありました。
本当の豊かさの源泉は誰かとの不器用でも面倒でも温かい繋がりの中にちゃんとあったんですね。
(参考書籍:ロバート・ウォールディンガー/マーク・シュルツ『グッド・ライフ 幸せになるのに、遅すぎることはない』)
虚しさが消える魔法の言葉。アドラー心理学が説く「貢献感」という幸福
ハーバードの研究が「温かい人間関係が大事だよ」という”What(何が)”を教えてくれたのなら、「じゃあどうすればそれを築けるの?」という”How(どうすれば)”のヒントをくれるのがアルフレッド・アドラーという人の心理学です。(アドラー心理学)
ベストセラーになった『嫌われる勇気』でも有名ですが、彼の思想の核となる「貢献感」の概念は、原著『人生の意味の心理学』などで具体的に述べられています。
アドラーは「人の悩みはすべて対人関係の悩みである」とばっさりと断言しました。
そして人が本当の幸福を感じられるのはたった一つの感覚を得られた時だけだとも言っています。
それが「貢献感」です。
「貢献」なんて聞くとなんだか大きな自己犠牲とか立派なボランティア活動をイメージするかもしれません。
でもアドラーが言う貢献感はもっとずっとささやかであなたの主観的な感覚のこと。
それは
「私は誰かの役に立っているな」と自分自身でそう思える感覚のことなんです。
ここでとても大切なことを言いますね。
相手から「ありがとう!」って感謝されるかどうかとか誰かから「すごいね!」って褒められるかどうかは実はあんまり関係ないんです。
たとえ誰にも気づかれなくたって「うん、今の私の存在はこの場にとって少しはプラスになっているな」と自分自身で感じられること。
それこそが
「自分はここにいてもいいんだ」
「自分にはちゃんと価値があるんだ」
という揺るぎない自己肯定感に繋がります。
そしてこのじんわりとした感覚こそが私たちの心の奥にあるあの冷たい虚しさを根っこから溶かしてくれる温かい力になるんですね。
世界との繋がりを実感する、誰でもできる「一日一親切」のススメ
「貢献なんてやっぱりなんだか難しそうだなぁ…」
ふふ、そう感じてしまう気持ちとてもよく分かりますよ。
ですからここでは「貢献」という少しだけ肩に力が入る言葉をもっと身近な「親切」というやわらかな言葉に置き換えてみましょう。
そしてあなたに提案したいのは「一日一親切」というとてもささやかで温かい習慣です。
一つひとつは本当に本当に小さな行動で構いません。
「一日一親切」の具体例 |
コンビニで店員さんの目を見て少しだけ口角を上げて「ありがとう」と伝える |
電車の中でスマホから顔を上げて席を必要としていそうな人を探してみる |
家族の好きなデザートを「そういえば好きだったな」って思い出しながらこっそり買って帰る |
同僚の小さな頑張りを見つけて「さっきの資料すごく分かりやすかったよ!」と具体的に褒める |
youtubeとかのSNSで心から素敵だと感じた投稿に応援の気持ちを込めて温かいコメントを送る |
これらの行動はあなたがこの世界とちゃんとポジティブに関わってささやかな「GIVE」をしたという確かな証拠になります。
「GIVE」って結構大事ですよ。
そしてこの小さな成功体験の積み重ねが「自分は決して無力な存在なんかじゃないんだ」という感覚を力強くそして温かく育ててくれるのです。
今日からできる、はじめの一歩 一番身近な人に、感謝の言葉を「具体的に」伝えてみる
もしこの章を読んで今日たった一つだけ何か行動してみようかなと思ってくれたなら。
一番シンプルでそしておそらく最も効果的な「はじめの一歩」をお伝えしますね。
それはあなたの、一番身近な人に感謝の言葉を伝えてみることです。
そしてその行動の質をぐぐっと高めるためのとても重要なコツがあります。
ただ「いつもありがとうね」とふんわり伝えるだけでなく、
「この間私が落ち込んでた時、黙ってそばにいてくれて本当に救われたよ。ありがとう」
「あなたが毎日美味しいご飯を作ってくれるから私は元気に働けるんだよ。本当にありがとうね」
というように何に対して感謝しているのかをできるだけ具体的に伝えること。
このほんの少しの工夫があなたの言葉をおまじないみたいに何倍も何倍も相手の心に響くものにしてくれます。
そしてね、感謝の言葉って相手だけでなく伝えたあなた自身の心をもじんわりと温かく満たしてくれるんです。
これこそがハーバード大学が85年という長い時間をかけて見つけ出した「温かい人間関係」を今日この瞬間からあなた自身の手で育み始める最も確実でそして最も美しい一歩なのです。
【この章のポイント】
ハーバード大学の85年間の研究によれば、人生の幸福と健康を決める最も重要な要因は「温かい人間関係」である。
本当の幸福は「貢献感」(私は誰かの役に立っているという主観的な感覚)から生まれる。(アドラー心理学)
大きなことじゃなくていい。「一日一親切」のような小さなGIVEが世界との温かい繋がりを実感させてくれる。
最も確実な一歩は身近な人に「具体的に」感謝の気持ちを伝えること。それがすべてを始める力になる。
【深掘り】人生の「有限性」は、不安の種ではなく、最高のスパイスである
人生がいつか必ず終わるという事実。
「有限性」なんていう少し難しい言葉で呼ばれるこの事実は時として私たちの心を寂しさや焦りでぎゅーっと締め付けます。
「どうせいつかは全部なくなっちゃうのに。こんなに頑張って一体何になるっていうんだろう」
ふとそんな虚しさが冷たい風のように胸を吹き抜ける時もあるかもしれません。
この章ではそんな少しだけ取り扱いが難しい「人生の限り」というテーマについて、これまでとはまた違う角度から深く深く潜ってみようと思います。
「終わり」を意識するから、今日の輝きは何倍にも増す【有限性の締切効果】
もし仮に私たちの人生が永遠にずーっとずーっと続くとしたらどうでしょう。
きっと私たちは「ま、いつかやればいいか」なんて言って本当に大切なことを無限に先延ばしにしてしまうのではないでしょうか。
愛する人に「ありがとう」って伝えることも、ずっと挑戦したかったあのことも、ただゆっくりと美しい景色を眺めることも。
面白いもので私たち人間というのは「終わり」を意識した時に初めて自分でもびっくりするくらいの集中力や愛おしさを発揮するそういう不思議な生き物なんですね。
例えば夏休みの宿題。
8月の最終日が近づくにつれて信じられないほどの集中力を発揮したあの感じ。
あなたにもきっと覚えがあるはずです。
あれこそが心理学で言うところの「締切効果」。
人生もこれと全く全く同じなんです。
「いつかやろう」と思っていた本当に本当に大切なことを「いや今やろう」と思わせてくれる最高のスイッチ。
それこそが私たちの人生が有限であるという静かで厳粛な事実なのです。
桜の花がなぜあんなにも私たちの心を鷲掴みにして離さないのか。
それはほんの短い間しか咲いていてくれないその儚さを私たちが知っているから。
もし桜が一年中咲き誇る花だったとしたらきっとこれほどの感動はないはずです。
そう考えると
人生の有限性とは不安の種なのではなくて、私たちの人生という物語を最も面白く感動的にしてくれる最高のスパイスだと言えるのかもしれませんね。
【フランクルの言葉】極限状態で見出した「それでも人生にイエスと言う」圧倒的な強さ
では、もし。
どうしようもなく辛く生きる意味など到底見出せそうにない。
そんな極限状態に置かれたとしたら。
人間はそれでもなお自分の人生を「うん、悪くなかった」と肯定することができるのでしょうか。
このあまりにも根源的で重たい問いに自身の壮絶な体験そのものをもって答えた人物がいます。
心理学者ヴィクトール・フランクル。
彼はナチスの強制収容所という人間の尊厳がこれでもかというほどに奪われた地獄のような場所を生き抜きました。
飢え、寒さ、絶え間ない暴力、そしていつ殺されるかわからない恐怖の中で彼は生きる希望を失った者から順に文字通り魂が抜けるように「死んでいく」姿を目の当たりにします。
その中で彼は一つの真理にたどり着くのです。
それは彼の世界的ベストセラー『夜と霧』の中でも語られるあまりにも力強い言葉。
「我々は、人生の意味を問うてはならない。人生こそが、我々に問いを発しているのだから。」
(参考書籍:ヴィクトール・フランクル『夜と霧』)
…どういうことか。
フランクルさんはどんなに過酷で理不尽な状況であっても人生はその状況の中から私たち一人ひとりに対して「お前は、この問いにどう応答するのか?」と常に常に問いかけ続けていると考えました。
絶望してすべてを諦めるのか。
それともほんのわずかに残された人間の尊厳を信じて隣で凍える仲間を励まし内的な自由だけは誰にも奪わせずに保ち続けるのか。
意味はどこか遠い場所にある答えを探したり誰かから与えられたりするものではない。
どんな状況下でも自らの「態度」を自分の意志で決定し人生からの問いかけに応答し続けることそのものだったのです。
この静かでしかしとてつもなく強い考え方は私たちが日常で出会う小さな悩みや理不尽に対してどう向き合っていくかという問いにも静かに深く繋がっているように思います。
後悔しない生き方とは「選ばなかった道」を嘆くのではなく「選んだ道」を愛すること
人生が有限だからこそ私たちは「もしあの時違う道を選んでいたら…」という甘く切ない後悔の念にしばしば心を囚われます。
あの会社に入っていれば。
あの人と一緒になっていれば。
あの街に住み続けていれば。
選ばなかった道の先には今よりもっと素晴らしいキラキラした人生があったんじゃないかって。
でもね、本当の意味で「後悔しない生き方」っていうのはたくさんの選択肢の中から完璧な“正解”を選び取ることじゃ決してないんです。
そんなこと誰にも不可能ですから。
そうじゃなくて。
「自分が選んだこの道をなんとかして私にとっての正解にしてやろうじゃないか」と静かに覚悟を決めて目の前にある今の人生を深く深く愛すること。
それだけなのだと私は思います。
“たら・れば”というこの世に存在しない幻想の人生を追いかけるのをやめて、
「今ここにいる自分」がこれまで築いてきたもの、その両手の中に持っているもの、繋がっている人たち、そしてささやかな日常の中に価値と美しさと愛おしさを見出すことに意識を集中させてみるのです。
あなたの人生は他の誰のものでもありません。
あなたが主人公のたった一つのかけがえのない素晴らしい作品なのですから。
【この章のポイント】
人生の「有限性」は不安の種じゃない。むしろ「今」を大切に生きるための最高のスパイス(締切効果)になる。
人生の意味は探すものじゃない。人生からの「問い」に自らの態度と行動で応答し続けることそのものである。(フランクルの哲学)
後悔しない生き方とは「選ばなかった道」を嘆くのではなく「今あるこの道」をとことん愛してあげること。
【まとめ】人生の意味は探さない。豊かな経験の先に、自然と“育って”いくもの
最後にこれまでお話ししてきたことの一番一番大切なエッセンスをあなたに贈りたいと思います。
壮大な答えはもういらない。ただ、今日の「心の動き」を大切にするだけ
私たちはこれまで「人生の意味」というあまりにも大きくて少し重たい荷物を知らず知らずのうちに一生懸命背負おうとしていたのかもしれません。
でももう大丈夫。
その荷物はそっとあなたの足元に下ろしていいんです。
壮大な答えや誰かに「すごいね!」って褒めてもらえるような立派な目標はもう必要ありません。
これからあなたが大切にしたいのはもっとずっとささやかで温かくてあなただけのものです。
それは
今日のあなたが何を見て何を感じて何にほんの少しでも心が動いたのか。
そのささやかででもあなただけのかけがえのない「心の動き」を一つひとつまるで浜辺で綺麗な貝殻を拾い集めるように大切にしていくこと。
それがあなたの人生をあなただけの優しい色彩で豊かにしていくたった一つのシンプルな秘訣なのだと思います。
昔の偉い哲学者たちのなんだか難しい言葉も最先端の科学が導き出したすごい結論も、
結局のところは「今この瞬間をただ大切に味わいなさい」という昔からずっとずっと言われてきたとても当たり前のことに繋がっているのかもしれませんね。
そしてもう一つだけ。
人生の意味は「探す」ものでも「見つける」ものでもなく、
豊かな経験を一つひとつ丁寧に味わったその先に、まるで一本の木がゆっくりとでも確実に育っていくようにあなたの中に自然と「育っていく」ものなのではないかと私は考えています。
だから焦る必要なんてどこにもこれっぽっちもないのです。
完璧な人生なんてない。
SNSを眺めていると世の中にはキラキラと輝く完璧な人生を送っている人たちばかりに見えて心がちくっと痛むことがあるかもしれません。
でもね、そんな人生はどこにも存在しません。
断言します。
絶対にありません。
私たちの毎日はうまくいかないことやちょっとした後悔、「あーあ」とため息をつきたくなるようなどうしようもない不完全さできっと溢れています。
でもそれでいいんです。
本当にそれでいい。
むしろその不完全さがあるからこそ私たちは悩み学び誰かの痛みにそっと寄り添い優しくなれる。
ピカピカに磨き上げられた寸分の狂いもない宝石よりも少しだけ傷や曇りのある石の方が光の当たり方によって様々なはっとするような美しい表情を見せてくれるように。
あなたのその不完全な毎日こそがどうしようもなくユニークでそしてたまらなく愛おしいのです。
最後にあなたへ贈る問い 最初に「味わって」みたいものは何ですか?
さて、これで私からのお話はすべておしまいです。
最後に一つだけあなたに問いかけを贈らせてください。
あなたが最初に「味わって」みたいと感じたものは何ですか?
それは淹れたての温かい一杯のコーヒーかもしれません。
窓から差し込んでくる午後の柔らかな光かもしれません。
しばらく聴いていなかったお気に入りのあの音楽かもしれません。
あるいは一番大切な誰かに伝える少し照れくさい「ありがとう」の一言かもしれません。
何だって構いません。
その、あなたの心が今自然と「いいな」と求めたもの。
それこそがこれからのあなたの人生を豊かにしていく新しい始まりの確かな確かなサインです。
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【補足:心が晴れない日のためのQ&A】Q. 理屈はわかっても、どうしても他人と比べてしまい、気持ちが落ち込みます。
A. その気持ちとてもよく分かりますよ。
比べてしまうのは人間の自然な心のクセみたいなものですから無理にやめようとしなくて大丈夫です。
「おっと今私比べてるな」ってまずは気づいてあげるだけで百点満点です。
そしてもしできるなら比べる相手を「他人」ではなく「昨日の自分」に少しだけ切り替えてみてください。
昨日より一つ多く道端の小さな花に気づけたならそれはもう素晴らしい進歩なんですから。
Q.「小さな幸せ」を見つけること自体が、苦手で苦痛に感じてしまいます。
A. それはあなたの心が「ちょっと疲れたよー」ってサインを送ってくれているのかもしれませんね。
そんな時は無理に何かを「見つけよう」としなくて本当に大丈夫。
むしろそういう自分を許して「何もしない時間」をたっぷりとプレゼントしてあげてください。
ただぼーっと空を眺める、温かいお茶を飲む。
心がゆっくりと回復してくれば幸せの方からひょっこりとあなたの目に飛び込んできてくれるようになりますよ。