To-Doリストを全部片付けても、なぜか心が満たされない。
そんな「正解探し」の毎日に、もううんざり…。
この記事を最後まで読めば、その焦りが、実は「脳の仕組み」のせいだとハッキリわかるよ。そうしたら、もう迷わずに、自分の「直感」を信じて動けるようになるはずだね。
ここでは、感情が持つ合理性を証明する脳科学の話や、タスクを終えた時の気分を先に決める「To-Feelリスト」、完璧主義なんて手放す「サティスファイサー戦略」とか、すぐに試せる具体的な解決策を5つ解説するよ。
科学と哲学に裏打ちされた、あなた専用の「心のトリセツ」を手に入れて、もっと豊かな生き方へと、スルッとシフトしちゃおう。
人生の迷いは「何をするか」への偏重が原因?「どう感じるか」を無視する代償

「幸せになりたいな」
誰もがそう願って、毎日毎日、最善の選択をしようと必死になる。
どの会社を選べば安心かな。 どんなスキルを身につければ損しないだろうか。 休日は何をすれば有意義だろう。
そうやって「何をするか(正解)」ばかりを探し続けているのに、どうして迷いは一向に消えず、心だけがすり減っていくんだろうね。
実はその苦しみって、あなたの性格のせいなんかじゃない。人間の「脳の仕組み」そのものに原因があるんだよ。
正解探しに疲れた脳。膨大な選択が生む「決断疲れ」の正体
私たちはね、毎日一体どれくらいの回数「決断」していると思う?
朝、布団から出るかどうか、その選択から始まって、意識していないものまで含めると、1日にとてつもない回数の選択を繰り返しているんだ。
朝ごはんに何を選ぶか。
どの服を着ていくか。
メールの件名をどうするか。
そのひとつひとつに、脳は一瞬で「どっちが得かな」「どっちが正しいかな」って計算を回しているんだよね。
心理学者のロイ・バウマイスターは、この意思決定のエネルギーが枯渇する状態を「自我消耗(Ego Depletion)」とか「決断疲れ(Decision Fatigue)」って言葉で説明した。
人の意志力、いわゆるウィルパワーは、スマートフォンなんかのバッテリーと一緒だよ。容量には限りがあって、使えば使うほど減っていくんだ。
真面目な人ほど「失敗しちゃいけない」って無意識に考え込んで、小さな選択にも全力を注ぎ込んじゃう。
その結果、夕方になる頃には、脳のバッテリーはもう切れかけ。
あなたが夕暮れ時に感じるあの「ドッと押し寄せる疲れ」や「虚しさ」の正体は、まさにこれなんだ。
身体が疲れているんじゃなくて、「正解を計算し続けること」で、脳がヘトヘトに疲弊してしまっているんだよ。
そんな状態で「これからの人生、どうすべき?」なんて大きな問いを考えたって、前向きな答えなんか出るわけないと思うんだ。
達成しても満たされない虚無感。「ヘドニック・トレッドミル」の罠
「このプロジェクトが終わったら、きっと楽になる」
「昇進して給料が上がれば、もっと幸せになれるはず」
そう信じて、目の前の「やること(Doing)」に耐えている人も多いかもしれないね。
でも、不思議じゃない?目標を達成した瞬間の喜びって、すぐに消え去って、またすぐに次の「足りないもの」が目につき始めるんだ。
これは「ヘドニック・トレッドミル(快楽の踏み車)」って呼ばれる心理現象だよ。
ポジティブ心理学なんかでよく言われるけど、人間には「環境の変化にすぐに適応する」っていう性質があるんだ。
どんなに欲しかったものを手に入れても、どんなに素晴らしい成果(Doing)を上げても、脳はその状態をあっという間に「当たり前(ベースライン)」として認識し直しちゃう。
まるで、走っても走っても景色が変わらないルームランナーの上で、必死に走り続けているみたいだ。
「何かをすれば(What to do)、幸せになれる」
この前提で生きている限り、私たちは永遠にこの踏み車から降りられないんだよ。
あなたが満たされないのは、努力が足りないからなんかじゃない。「行動による幸福」には、そもそも賞味期限があるからなんだね。
不安だから予定を埋める。「行動バイアス」と空白への恐怖
休日、特に予定がないと、なんだかソワソワして、ついスマホで「有意義な過ごし方」とか「資格 おすすめ」なんて検索しちゃうこと、ないかな?
人間ってね、不確実な状況に置かれたとき、じっとしているよりも「何か行動を起こすこと」を好むっていう「バイアス・トゥ・アクション(行動バイアス)」っていう傾向があるんだ。
サッカーのPK戦で、キーパーが真ん中に留まる確率より、左右どっちかに飛ぶ確率の方が圧倒的に高いのも、この心理が働いているからだと言われている。「何もしないで点を取られるより、動いて取られた方がマシだ」って感じちゃうんだね。
私たちも一緒だよ。
自分の内側にある「空虚さ」とか「モヤモヤ」と向き合うのは怖い。だから、とりあえず予定(Doing)を詰め込むことで、その不安をごまかそうとしちゃう。
現代で「忙しい」って言うのは、ある種の鎮痛剤みたいな役割を果たしているんだ。
でも、鎮痛剤で痛みをずっとごまかし続けても、根本的な原因は治らない。
予定帳が真っ黒なのに、気持ちがどこか空っぽなままなのは、あなたが「空白」を恐れて、自分自身の感覚と向き合う時間を設けていないからかもしれないね。
【この章のポイント】
決断疲れ:人は毎日膨大な数の選択をしており、「正解探し」をするだけで脳のエネルギーは枯渇してしまう。
快楽の踏み車:「何かを達成すれば幸せになれる」と思っても、脳はすぐに慣れてしまい、幸福感は長続きしない。
行動バイアス:不安を埋めるために予定(Doing)を詰め込んでも、それは一時的な気休めにしかならない。
「どう感じるか」は最強の指針。脳科学が証明する「感情」の論理性

「感情で決めるなんて、子供っぽい」
「論理的に考えないと、失敗する」
そんなふうに思って、自分の心の声を封じ込めていないかな。
私たちは学校でも社会でも、いつも「客観的なデータ」や「論理的な理由」を求められて育った。だから、「なんとなく嫌だ」とか「気が乗らない」みたいな曖昧な感覚は、排除すべきノイズだと思い込んでいるんだよね。
でも、少し視点を変えてみようか。
実は、最新の脳科学の世界ではね、「感情こそが、最も合理的で高度な判断システムである」ってことが、言われてきているんだよ。
身体感覚は嘘をつかない。「ソマティック・マーカー」という脳の最適解
頭では「この仕事は受けるべきだ」とわかっているのに、なぜか胃がキリキリ痛む。 条件のいい相手にお見合いを勧められているのに、どうしても足が一歩も動かない。
そんな経験、きっとあなたにもあるはずだね。
この時、あなたの頭(思考)は「損得」を計算して嘘をつくことができるんだ。「将来のためだから我慢しよう」と、もっともらしい理屈で本心を隠すことができる。
でも、身体は絶対に嘘をつかない。
神経科学者のアントニオ・ダマシオは、これを「ソマティック・マーカー仮説」という理論で説明したよ。
私たちが何かを選ぼうとした瞬間、脳は無意識のうちに過去の膨大な経験データにアクセスして、高速でシミュレーションを行っているんだ。
「あの時と同じパターンだ(危険だ)」
「これは以前うまくいった感じに似ている(安全だ)」
このシミュレーション結果が、脳の腹内側前頭前皮質(vmPFC)なんかで処理されて、「身体の反応(ソマティック・マーカー)」として、胃の痛みとか、胸の高鳴りといった内臓感覚を通じて私たちに知らされるんだね。
胃の痛みや、胸の高鳴り、肩の重み。これらはすべて、あなたの脳が弾き出した「最適解」なんだよ。
つまり、「なんとなく」っていう直感は、いい加減なものじゃない。
それは、論理的な思考では処理しきれないほどの膨大な変数を、あなたの脳内にあるスーパーコンピュータが瞬時に計算した結果、導き出された「高精度の答え」って捉えることができると思うんだ。
思考で作ったロジックより、身体が発するアラートの方が、生存戦略としては正しいってことは非常に多い。
だからね、もっと自分の身体の声を信じてあげていい。それは、とっても賢い選択なんだよ。
「感情の粒度」を上げる。「辛い」を言語化するだけで脳は回復する
もうひとつ、感情を大切にすべき科学的な理由があるよ。
あなたは普段、ネガティブな感情を感じたとき、どんな言葉を使っているかな?
「あー、もう嫌だ」「うざい」「疲れた」……。
そんなふうに、ひとくくりにしちゃってない?
心理学者で神経科学者のリサ・フェルドマン・バレットは、「感情の粒度(Emotional Granularity)」という概念を提唱しているよ。
感情の粒度が低い状態っていうのは、あらゆる不快感を「なんとなく嫌だ」って大雑把に捉えている状態なんだ。
これだと、脳は何が脅威なのか特定できず、ずっと警報(ストレス反応)を鳴らし続けることになっちゃう。これじゃ疲れてしまうのも当然だね。
一方で、感情の粒度が高い人は、自分の状態を細かく分析できる。
「いま私が感じているのは、単純な怒りじゃない。信頼していた人に裏切られた悲しみだ」
「この重苦しさは、準備不足からくる不安だ」
「寝不足でイライラしているだけかもしれない」
こうやって、感情に正確なラベル(名前)を貼ってあげることを「情動ラベリング」って言うんだ。
不思議なことに、感情を言語化した瞬間、脳の扁桃体(恐怖を感じる部分)の活動がスッと落ち着くことがわかっているんだよ。
感情を無視したり、抑え込んだりする必要はない。
むしろ、「今、私はどう感じているんだろう?」って丁寧に観察して、言葉にしてあげるんだ。
そうすることで、脳の無駄なエネルギー消費が抑えられて、冷静に「じゃあ、どうすればいいか(Doing)」を考えられるようになる。
「どう感じるか」を知ることは、弱音を吐くことなんかじゃない。
自分という人間を長く、健やかに走らせるための、最高のメンテナンス技術なんだよ。
【この章のポイント】
ソマティック・マーカー:「なんとなく」という身体感覚は、脳が過去の膨大なデータから弾き出した高精度の演算結果である。
感情の粒度:「嫌だ」という感情を「悲しい」「不安」などと細かく言語化することで、脳のストレス反応は鎮静化する。
理屈より身体:思考は嘘をつくが、身体反応は嘘をつかない。迷ったときは身体の声を採用するほうが合理的である。
「何をするか」で迷ったら。「どう感じるか」で即決する5つの思考技術

脳の仕組みも、感情の大切さもわかった。
「でも、明日からの仕事や生活の中で、具体的にどうすればいいの?」
そんな声が聞こえてきそうだね。
いきなり人生をガラリと変える必要はないよ。
日々の小さな選択や習慣の中に、少しだけ「感情(Feeling)」を混ぜてあげるだけでいいんだ。
ここでは、私が自信を持っておすすめする5つの思考技術を紹介するね。
【習慣】ToDoリストより「To-Feel」。タスク完了時の感情を先取りする
毎朝書いているTo-Doリスト。それにひと手間加えてみよう。
「何をするか(タスク)」の横に、「それをやる時(終えた時)、どんな気分でいたいか」を書き添えるんだ。
「To-Feel(感情の目標)」だね。
企画書を作成する → (書き終えて)ホッとした安心感を味わう
ジムに行く → (運動して)身体が軽い!という爽快感を感じる
会議に出る → (発言して)役に立てたという誇らしさを感じる
カナダの作家ダニエル・ラポートも、著書の中で「目標(何を手に入れるか)より、どう感じたいかを先に決めるべきだ」って語っているね。
脳にはRAS(網様体賦活系)っていう機能があって、自分が意識を向けた情報を優先的に集める性質があるんだ。
ただ「企画書を作る」と書くだけだと、脳は「作業を終わらせること」だけを目的にする。でも「安心感を味わう」と書き添えると、脳はその作業プロセスの中から「安心感」に繋がる要素を無意識に探し始めるんだよ。
「面倒だな」と思っていた作業が、ちょっとした「感情集めのゲーム」に変わる。
人生は「感情」「記憶」「思考」「行動」の4つで構成されているって私は考えているよ。
感情があるからこそ、記憶にも残るし、行動を起こす動機にもなる。
同じ時間を過ごしていても、得られる充実感がまるで違ってくるはずだね。
【判断】「サティスファイサー」戦略。完璧主義を捨てて60点の心地よさを選ぶ
「一番いい商品を選びたい」
「失敗したくない」
そう思って、ネットのレビューを何時間も見比べて疲れてしまったことはないかな?
常に最高の結果(Max)を求める人のことを、心理学では「マキシマイザー(最大化人間)」って呼ぶ。
でも、これだけ情報があふれている現代で、すべての選択肢を比較して「最高」を選ぶなんて、物理的にもう不可能だよ。
そこでおすすめなのが、ノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンの「限定合理性」という概念に基づく「サティスファイサー(満足化人間)」っていう生き方だ。
これはね、「最高」を目指すんじゃなくて、「自分の中で満足できる基準(例えば60点)」を超えていれば、そこで探索を打ち切って即決するという戦略なんだ。
「60点でいいなんて、妥協じゃないか」って思うかもしれない。
でも違うよ。人間は全知全能ではないっていう前提に立ち、あなたの貴重な時間と脳のエネルギーを迷いから守るための、とっても知的な戦略なんだよ。
「他人が見て羨むもの(正解)」じゃなくて、「今の自分が不快でなければOK(感覚)」を基準にする。
主観でどう思うかが本当に、本当に大事なんだよ!
それだけで、人生のフットワークは驚くほど軽くなるはずだ。
【行動】人生はただの「実験」。失敗をデータに変えるプロトタイプ思考
「やりたいことはあるけど、失敗するのが怖い」
そうやって足が止まってしまうのは、あなたがこれからの行動を「本番」だと思っているからだね。
スタンフォード大学d.schoolのビル・バーネットらが提唱する「デザイン思考」を人生に応用してみよう。
デザイナーは、最初から完璧な製品を作ろうとはしない。まずは簡単な試作品(プロトタイプ)を作って、実際にどうなるかを試すんだ。
あなたの人生も同じだよ。
「転職する」っていきなり決めるんじゃなくて、「まずは週末だけ副業を試してみる」っていう「実験(プロトタイプ)」をしてみるんだ。
実験なんだから、うまくいかなくても「失敗」じゃない。
「なるほど、やってみたら意外と大変だと感じた」っていう「データ」が得られただけ。
「これは人生のベータ版テスト期間だ。自分の感覚に従って動いてみたら、どんなデータが取れるだろう?」
そんなふうに考えると、怖さは消えて、なんだか面白そうな予感がしてこないかな?
【休息】1日5分の「何もしない時間」。DMNを活性化させ脳を整える
あなたは今日、スマホを見ない時間がどれくらいあったかな?
常に情報をインプットしていないと不安かもしれないけど、脳にとっては「何もしない時間」こそが、最も重要な仕事の時間でもあるんだ。
脳には「DMN(デフォルト・モード・ネットワーク)」っていう回路がある。

(図解作ってみたらこんな感じになった)
これは、ぼんやりしている時にだけ活発に働いて、脳内の情報の整理や、記憶の統合、そして「自分はどうありたいか」っていう自己意識のメンテナンスを行っている、すご~く重要なネットワークなんだ。
現代人の脳が疲れているのは、常に何かをしている(Doing)せいで、このDMNがうまく機能していないからなんだね。
1日たった5分でいい。
スマホを置いて、窓の外をぼんやり眺めたり、ただ目を閉じたりしてみて。
それはサボりじゃない。あなたの脳っていう高性能マシンの、必須メンテナンス業務だと思ってやってみてよ。
【究極】死を想う「メメント・モリ」。人生のノイズを強制終了させる問い
最後は、少し強力な特効薬。
もし、「何をするか」でどうしても迷ってしまって、どうしようもなくなった時。
古代ローマの哲学者セネカとか、あのスティーブ・ジョブズも大切にしていた問いを、自分に投げかけてみて。
「もし、私の余命があと1年だとしても、この悩みを気にするだろうか?」
上司の評価、世間体、将来への漠然とした不安、数千円の損得。
「死」という絶対的な期限(締め切り)を意識した瞬間、そういった「Doing(表面的なこと)」のほとんどが、実はどうでもいいノイズだったことに気づかされるんだ。
そして最後に残るもの。
「家族と笑っていたい」
「海を見たい」
「誇りを持って生きたい」。
それこそが、あなたが本当に大切にしたい「Feeling(魂の震え)」だね。
死を想う言葉「メメント・モリ」。
それは決して悲観的な言葉じゃない。どうでもいいことに悩む時間を強制終了させて、あなたの生を鮮やかに輝かせるための、最強のフィルタリング技術なんだよ。
【この章のポイント】
To-Feel:目標(Doing)と一緒に、味わいたい感情(Feeling)を決めると、プロセスが充実する。
サティスファイサー:「最高」を追い求めるのをやめ、「満足できる60点」で即決するほうが幸福度は高い。
プロトタイプ思考:人生を「実験」と捉えれば、失敗はなくなり「データの収集」に変わる。
何もしない時間:ぼんやりする時間は、脳のDMNを働かせるための重要なメンテナンスである。
メメント・モリ:「死」を意識することで、ノイズが消え、本当に大切な感情だけが残る。
人生の質は「何をするか」より「どう感じるか」で決まる。DoingとBeingの新しい関係
「感情が大事なのはわかった。でも、生きていくためには働かなきゃいけないし、やりたくないこともやらなきゃいけない」
うん、わかるよ。現実社会は甘くないし、生きていくにはお金も必要だし、責任だってあるものね。
だけどね、私が提案したいのは「嫌なことを全部やめて、山に籠ろう」みたいな極端な話じゃない。
今の仕事を続けながら、今の生活を変えずに、人生の質を変えることはできるんだ。
そのためには、Doing(何をするか)とBeing(どう在るか/どう感じるか)の主従関係を、正しくセットし直すだけでいいんだよ。
「何をするか」は単なる衣装。大切なのは中身である「どう在るか」
人生っていう舞台において、「何をするか(職業、役割、行動)」は、あくまで「衣装」に過ぎない。
そして、「どう感じるか(価値観、在り方)」こそが、その中身である「あなたの肉体(心)」なんだ。
多くの人が苦しんでいるのは、流行りの衣装(高収入、映えるライフスタイル、社会的地位)に、自分の肉体を無理やり合わせようとしているからだね。
サイズが合っていないのに、「これが正解だから」って窮屈な服を押し込み、身体を痛めつけ、息ができなくなっている。これが「Doing偏重」の正体だよ。
順序を逆にしよう。
まず、あなたの肉体(心でもいい)(Being)を大切にするんだ。
「私は穏やかでありたい」
「誠実でありたい」
「面白がっていたい」。
その肉体が健やかであれば、どんな衣装(仕事)を着たって、あなたらしく着こなすことができるはずだ。
たとえば、あなたが「単調な事務作業(Doing)」を任されたとする。
もしDoingが主役なら、「つまらない仕事だ」って腐ってしまうかもしれない。
でも、Beingが主役なら、「私は誠実な人間だ」っていう在り方を、その仕事を通して表現することができる。誰よりも丁寧に資料を揃える、誰よりも見やすいフォントを選ぶ。
「何をするか」は、あなたの「在り方」を表現するための、単なる表現手段に過ぎないんだ。
だからこそ、衣装は衣装として、精一杯きれいに着こなそう。
大切なのは、どんな衣装を着ている時でも、中身のあなたがあなたらしく、心地よい呼吸(Feeling)ができているかどうかだよ。
フランクルに学ぶ「態度価値」。どんな環境でも心だけは自由でいられる
それでも、どうしても耐えがたい状況(Doing)に置かれることもあるだろうね。
そんな時、私たちの心を支えてくれる最強の哲学がある。
オーストリアの精神科医、ヴィクトール・フランクルを知っているかな。
彼はナチスの強制収容所っていう、名前も、職業も、髪の毛一本に至るまで、すべての「Doing(持っているもの・できること)」を剥奪された極限状態を生き抜いた。
著書『夜と霧』の中で、彼はこう問いかける。
すべてを奪われた人間に、まだ残されているものはあるのか?
彼は「ある」と言った。それが「態度価値」だ。
人間は、何かを創造したり(創造価値)、何かを体験したり(体験価値)できなくなったとしても、その運命に対して「どういう態度をとるか」っていう最後の自由だけは、誰にも奪えないんだ。
上司に理不尽に怒鳴られた時、プロジェクトが失敗した時。
その「出来事(Doing)」自体を変えることはできないかもしれない。
だけど、その出来事に対して「ふてくされて被害者になる」のか、「成長の糧として前を向く」のか。あるいは「心の中でだけは優雅でいる」のか。
「どう感じるか」「どう反応するか」。
この内側の態度は、100%あなたが選べるんだよ。
外側の世界(環境)がどれほど嵐であっても、あなたの内側の世界(心)の天気は、あなた自身で決めることができる。
これこそが、人間の尊厳であり、どんな逆境においてもその状況を乗り越えるための意味を自ら見出すっていう、私たちが持つ最強の自由なんだね。
【コラム】
「出来事」ではなく「解釈」
「どう感じるか」を大切にするっていうのは、世界をどう解釈するかを自分で決めることなんだ。古今東西の賢人たちも、みんな同じことを言っているよ。
ジョン・ミルトン(詩人):「心はそれ自身が独自の場所であり、そこでは地獄を天国に変えることも、天国を地獄に変えることもできる」
エピクテトス(ストア派哲学者):「人は物事によって乱されるのではなく、物事の見方によって乱される」
ウィリアム・ジェームズ(心理学者):「私の世代の最大の発見は、人間は心の持ち方を変えることによって、人生を変えることができるということだ」
松下幸之助(実業家):「雨が降れば傘をさす。それが自然な姿である」(事実をただ事実として受け入れ、心を乱さない姿勢)
結局のところ、最高の出来事が起こるのを待つんじゃなくて、起こった出来事を「最高のもの」だと感じられる心(解釈力)を育てることが、幸せへの一番の近道なんだろうね。
(これって結構、真理をついてるとおもうんだけどなぁ…。)
【この章のポイント】
衣装と肉体:「何をするか(Doing)」は衣装、「どう在るか(Being)」は肉体。衣装のために肉体を犠牲にしてはいけない。
表現手段:どんな仕事や行動も、あなたの「在り方」を表現するための手段として利用できる。
態度価値:どんなに過酷な環境でも、「どういう態度でいるか」という自由だけは、誰にも奪うことができない。
まとめ。「何するか」「どう感じる」かはあなたが選べる。

ここまで、脳の仕組みから哲学まで、話してきたよ。
私たちはこれまで、幸せになるための「正解のルート(何をするか)」が描かれた地図を、必死になって探し求めてきた。
「いい大学に入れば」
「安定した職に就けば」
「結婚すれば」。
そうやって、他人が描いた地図を頼りに歩いてきたんだよね。
でも、時代は激しく変わるし、地図はすぐに古くなる。
昨日までの正解が、明日には間違いになる。だから私たちは、いつまでも不安で、いつまでも迷い続けてしまうんだ。
もう、外側の地図ばかり覗き込むのは終わりにしない?
あなたの中には、生まれた時から片時も離れず、電池切れすることもなく、常に「あなたにとっての幸せ」を指し示し続けてくれている、世界で一番正確な「指針」があるんだ。
それが、「どう感じるか」というあなたの感覚だよ。
脳科学的にも、その感覚はスーパーコンピュータ並みの演算結果であり、どんな賢いロジックよりも信頼に足るものだった。
そして哲学的にも、どんな状況下であっても、その「感じ方」を決める自由だけは、誰にも奪うことができない聖域だったんだ。
明日、目が覚めたら、ベッドの中で自分に問いかけてみて。
「今日は何をしようかな?」と考える前に。
「今日は、どんな気分で過ごそうかな?」
たったそれだけの問いかけだ。
でもその一言が、あなたの1日を、誰かのための「消化試合」から、あなた自身のための「喜び」へと変えるスイッチになる。
「何をするか」は、移ろいゆく季節のようなもの。 「どう感じるか」は、そこにある確かな大地のようなもの。
どうか、その感覚を信じてあげてね。
【この記事のポイント】
苦しみの正体:現代人の虚しさは、自分の感覚を無視して「何をするか(成果・効率)」ばかりを追い求める「脳の疲労」が原因。
科学的根拠:「なんとなく」という直感や感情は、脳が過去の膨大なデータから導き出した、論理よりも精度の高い「最適解」である。
解決策:タスクの横に感情の目標を書く「To-Feel」や、60点で満足する「サティスファイサー」戦略で、思考の癖は変えられる。
統合:「何をするか」は衣装であり、「どう在るか」が肉体。今の環境にいながら、心の持ち方(Being)を変えることで、人生の質は高まる。
解釈:出来事そのものではなく、それをどう解釈するかで幸せや不幸は決まる。
このサイトでは、こうした古今東西の知恵を手がかりに、私たちが日々をより幸せに、そして豊かに生きていくための「考え方」や「物事の捉え方」を探求しているよ。
もし、興味があれば、他の記事も覗いてみてくれると嬉しいな。
きっと、新しい発見があるはずだよ。
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