9割が辛い時間なら、それは不幸な一日なのだろうか。
私たちは「今」ではなく、後に残る「記憶」の中に生きている。
この記事では、「ピークエンドの法則」を使い、たった数分の工夫で「今日は良い日だった」と心から思えるようになる方法を紹介。
あなたの幸福度は、たった一瞬の「終わり方」で決まる。
今日という日の結末を、自分の手で選んでみない?
ピークエンドの法則とは?時間の長さではなく「記憶の強さ」で決まる仕組み

「ピークエンドの法則」。
どこかで聞いたことがあるかもしれないね。でも、これが私たちの「幸せの感じ方」を根本から変えてしまうほど強力な仕組みだと知っている人は、そう多くない。
なぜ、私たちはあんなに長く頑張った時間のことは忘れて、たった一瞬の出来事ばかり気にしてしまうのか。まずは、私たちの脳の少し変わったクセについて紐解いていこうか。
脳は1日を「平均点」では採点しない。重要視される2つの瞬間
結論から言うね。私たちの脳は、経験したすべての時間を足して割るような「平均点」での採点はしないんだ。
朝起きてから寝るまでの数万秒の出来事を、すべてビデオテープみたいに記録していたら、脳の容量なんて一瞬でパンクしてしまうからね。だから脳は、ものすごく大胆にデータを間引いて保存する。
脳が記憶に残す時、重要視するのはたった2つのポイントだけだよ。
| 項目 | 内容 |
| ピーク(Peak) | 最も感情が大きく動いた瞬間(最高潮、または最悪の瞬間) |
| エンド(End) | その出来事が終わった、去り際の瞬間 |
これ以外の平坦な時間は、どんなに長くても記憶の背景に退いてしまうんだよね。
これは心理学的には「属性の置き換え」に近い現象だけど、要は脳が複雑な全体評価を避けて、印象的な断片だけで判断する「省エネ機能」なんだ。
「今日、どんな感じだった?」って聞かれたときに、パッと思い浮かぶ出来事。
それがすべてになっちゃうんだよね。
たとえば、映画の内容がまあまあでも、ラストシーンが衝撃的で感動的だったら「最高傑作だった!」って記憶に残るでしょ?逆に、どんなに美味しいコース料理でも、最後のデザートがひどかったり、最後の会計で店員の態度が最悪だったら、「二度と行かない店」っていうレッテルを貼っちゃう。
1日もこれと同じ。
「朝から晩までまんべんなく70点で過ごす」必要はないんだよ。むしろ、「ずっと50点でも、一瞬90点があって、最後が80点」の日の方が、脳にとっては圧倒的に満足度の高い日として記録される。
この仕組みを知ると、少し気持ちが楽にならない?
常に笑顔でいなくても、常に効率的でなくてもいい。ポイントさえ押さえれば、脳は勝手に「良い日」認定してくれるんだからさ。
「持続時間の無視」が忙しい大人の救いになる理由
ここからが、さらに重要な話。
ピークエンドの法則には、もう一つセットになる概念があるんだ。それが「持続時間の無視(Duration Neglect)」。
これは文字通り、
後から振り返った時、「その経験がどれくらい続いたか(時間の長さ)」は、記憶の評価にほとんど影響しないという現象のことだよ。
私たちはつい、「長く苦労した人ほど偉い」「時間をかけないと成果が出ない」と考えがちだよね。
でも、脳の記憶システムにおいては、それは通用しないんだ。
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嫌な作業を1時間我慢した人
-
嫌な作業を10分我慢した人
この両者が「どのくらい辛かったか」を後で思い出す時、時間の長さは関係ない。
「一番辛かった瞬間の強度」と「終わり方」だけで評価が決まってしまうんだよ。
これは、忙しい人にとっては大きな「救い」だよね。
家事の手を抜いて時間を短縮しても、仕事で効率化を図って早く切り上げても、それで人生の満足度が下がることはないんだから。
むしろ、ダラダラと長く続けるよりも、サッと終わらせて良いエンドを迎える方が、記憶はずっと美しくなる。
「長く頑張らなきゃいけない」という思い込みは、もう手放してしまって大丈夫だよ。
ただし、一つだけ忘れないで。これはあくまで「後でどう思い出すか」という記憶の話。実際の体や心へのダメージ(ストレス値)は、当然ながら時間の長さに比例して蓄積していくから。
だから、「記憶に残らないから」といって無理をして時間を引き延ばすことは、やっぱりおすすめできないかな。時間は短く、体は休める。それがとっても理にかなった選択だよ。
冷水実験から学ぶ「終わり良ければすべて良し」の真実
「本当にそんな単純な話なの?」って、不思議に思うかな。
ここで、この法則を証明した有名な実験を教えるね。ダニエル・カーネマンが行った「冷水実験」だよ。
被験者に、以下の2つのパターンのどちらかを選んでもらったんだ。
【パターンA】:14度の冷たい水に手を「60秒」入れる。
【パターンB】:14度の冷水に60秒 + ほんの少しだけ温度が高い15度の冷水に30秒(合計90秒)。
普通に考えれば、苦痛の時間が30秒も長い【パターンB】の方が嫌だよね?手を入れる時間は1秒でも短い方がいいに決まっている。しかも、15度の水だって決して「温かい」わけじゃない。冷たいままだよ。
けれど実験の結果、多くの人が「合計時間の長い【パターンB】」をもう一度選んだんだ。
なぜだと思う?
それは、【パターンB】の方が「わずかに痛みが和らぎ、終わり方がマシだったから」。
最後に少しだけ楽になったという感覚が、苦痛の記憶を緩和させて、全体として「Aよりはマシな体験」として脳に記録されたんだね。
これ、私たちの日常にもそのまま当てはまると思わない?
どんなに激しい喧嘩をしても、最後に「ごめんね」ってお茶を出せれば、その記憶は「最悪」ではなくなる。
どんなに過酷な残業をしても、帰りにコンビニで好きなアイスを買って帰れば、その日の仕事の印象は変わるんだよ。
「終わりよければすべてよし」っていうのは、単なる慰めの言葉じゃない。
私たちの脳のメカニズムを利用して、過酷な現実を生き抜くための考え方なんだ。
【この章のポイント】
脳は1日をすべて記録せず、「ピーク(最も感情が動いた時)」と「エンド(去り際)」だけで評価を決める。
「持続時間の無視」により、長く苦労したかどうかは幸福度の記憶に関係しない。
苦しい出来事があっても、最後に少しの「緩和(救い)」があれば、全体の記憶は「良いもの」に書き換わる。
「経験する私」と「記憶する私」。人生の主導権を握るのはどっち?

ここからは少しだけ、視点を高くして考えてみようか。
毎日の忙しさに追われていると、どうしても「今、この瞬間」の苦しさにばかり目が向いてしまうよね。それは仕方のないことだよ。
でも、一度立ち止まって考えてみてほしいんだ。
私たちが「幸せだなぁ」と感じる時、それを感じているのは一体「誰」なんだろうね?
実は、私たちの中には2人の異なる「私」が存在していると言われているんだよ。この2人の関係を知ることが、日常の苦しさから抜け出す大きなヒントになるはず。
私たちは「現実」ではなく、編集された「物語」の中に生きている
ダニエル・カーネマンは、人間の意識を2つに分けたんだ。
一つは、「経験する自己(Experiencing Self)」。
これは、「今、ここ」を生きている私。
「重い荷物が肩に食い込んで痛い」
「子供の泣き声がうるさくてイライラする」
「怒られて胃がキリキリする」。
そんなふうに、リアルタイムの感覚をダイレクトに受け止めている私だね。
もう一つは、「記憶する自己(Remembering Self)」。
これは、過ぎ去った出来事を振り返り、評価する私のこと。
「あの日、荷物は重かったけど、景色は最高だったな」
「子育ては大変だったけど、あの子は可愛かったな」。
そんなふうに、過去を振り返って意味付けをする私だよ。
ここで、少し残酷だけれど大切な事実を伝えておくね。
「経験する自己」が感じている痛みや苦労は、時間が過ぎれば泡のように消えてしまうんだ。後になって私たちの手元に残るのは、「記憶する自己」が編集した「記憶」という名のダイジェスト映像だけ。
私たちが「良い人生だった」とか「今日は良い日だった」と判断する時、決定権を持っているのは100%、この「記憶する自己」の方なんだよ。
たとえば、長時間のフライトや暑い中での行列は、その瞬間の「経験する自己」にとってはただの苦行でしかない。でも、旅行が終わった後で「記憶する自己」が「あの行列の先で食べたアイス、最高だったよね」と評価すれば、その旅行は「最高の思い出」として保存される。
逆に言えば、どんなに「経験する自己」が楽をしていても、「記憶する自己」が満足しなければ、幸せな気持ちは長くは続かないんだ。
人生の主導権を握っているのは、いつだって「記憶する自己」の方なんだね。
なぜこれが重要なのか。
それは、私たちが次の行動を選ぶとき、常にこの「記憶」を参照しているからだよ。「あの店は良かったからまた行こう」「あの仕事は辛かったから避けよう」ってね。
だからこそ、私たちは「今の瞬間の快適さ」だけを追い求めるんじゃなくて、「後でどう思い返したいか」を考えて、今の行動をデザインしていく必要があるんだよ。
事実を変えずに「解釈」を変える。記憶の編集者になるということ
「でも、それって自分を騙してるだけじゃない?」
そんな声が聞こえてきそうかな。辛いことをなかったことにするなんて、不誠実な気がする?
いいえ、違うんだよ。これは事実の捏造なんかじゃない。
正当な「編集権の行使」なんだ。
映画を想像してみて。
撮影現場では、役者がNGを出したり、待ち時間が長かったり、雨で撮影が中止になったり……いろんなトラブル(事実)があるよね。
でも、監督はそれら全ての素材をそのまま映画にはしない。膨大な映像の中から、心を揺さぶるシーンを選び出し、音楽を乗せ、感動的なラストシーンにつなげる。
私たちも、自分の人生において同じことをしていいんだよ。
| 場面 | 事実(ファクト) | 解釈(記憶) |
| 家庭 | 子供に感情的に怒った。部屋は散らかり放題。夕飯はレトルト。 | それでも、寝る前には絵本を読んで笑い合えた。無事に今日を生き抜いた。 |
| 仕事 | ミスをして叱られた。残業でヘトヘトになった。 | 帰りに見た月が綺麗だった。一歩成長するための経験を積んだ。 |
起きた出来事を変えることはできない。過ぎた時間は戻らないからね。
でも、その出来事にどんなラベルを貼って、記憶の引き出しにしまうかは、あなたが自由に決めていいことなんだよ。
「今日は最悪の日だった」というラベルを貼るのも、「いろいろあったけど、最後は笑った日」というラベルを貼るのも、あなたの自由。
ピークエンドの法則とは、この「記憶の編集作業」において、最も効率よく「良いラベル」を貼るための技術に過ぎないんだ。
自分に嘘をつく必要はないよ。ただ、カメラのアングルを少し変えるだけ。
「辛かった」という事実はそのままに、その横にある「でも、最後は良かった」という事実に、少し強めのスポットライトを当てるんだ。
そうやって、自分の人生を主体的に編集していくこと。
それこそが、運や状況に振り回されずに、自分の手で幸せをつかみ取るための、とっても現実的で確実な方法なんじゃないかな、と私は思うよ。
【この章のポイント】
私たちの中には「今を感じる私(経験する自己)」と「過去を振り返る私(記憶する自己)」がいる。
人生の満足度を決めるのは、常に「記憶する自己」である。
起きた事実を変えることはできないが、それをどう編集して記憶に残すかは、自分で選ぶことができる。
【基本編】日常でピークエンドの法則を使いこなす「3つの編集技術」
理論と視点のお話が少し長くなっちゃったね。退屈させてないかな?ここからは、いよいよ実践編だよ。
「そうは言っても、毎日は戦争だし、そんな余裕ないよ」
そう思っているあなたにこそ、試してほしい方法があるんだ。特別な道具も、長い時間も必要ない。
これから伝えるのは、日常という平坦な時間に、意図的に「栞(しおり)」を挟むような、3つのシンプルな編集技術だよ。
ステップ1【ピークの演出】「なんとなく」を廃止し、意図的に「ハイライト」を作る
まず一つ目は、1日の中に意図的に「山場(ピーク)」を作ること。
私たちはつい、良いことが向こうからやってくるのを待ちがちだよね。でも、残念ながら日常っていうのは、放っておくと「変化のない平坦な時間」として流れていってしまう。
これこそが、「気づけばあっという間に1年が過ぎていた」っていう、あの少し寂しい感覚の正体なんだ。
だから、自分から「予約」を入れちゃおう。朝起きた時、あるいは通勤の電車の中で、こう決めるんだ。
「今日のピークは、15時のおやつにする」
「今日のハイライトは、帰りの電車で推しの新曲を聴く時間にする」
ポイントはね、内容の豪華さじゃないんだよ。大切なのは「没入度」。
たとえば、スマホでニュースを見ながらなんとなく食べる高級チョコレートよりも、目をつぶって味と香りだけに全神経を集中させて食べる100円のチョコレートの方が、脳内では圧倒的に高い「ピーク」として記録される。
「受け身」で楽しむのが苦手なら、こんな「能動的」なピークもおすすめだよ。
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裏紙の端っこに、3分間だけ全力で落書きをする。
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誰もいないトイレで、スクワットを10回して血流を回す。
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マスクの下で、好きな歌を小声で口ずさむ。
たった5分、いや、3分で構わない。その時間だけは、親でも、妻でも、夫でも、会社員でもなく、「ただの自分」に戻って、目の前のことに没頭する。そうやって自分で置いた「楽しさの旗」が、1日を振り返った時に、暗闇でキラリと光る灯台のような役割を果たしてくれるんだよ。
ステップ2【エンドの定義】時計を見ず、自分で「ここが終わり」と宣言する
二つ目は、最も重要な「エンド」の作り方。
会社には定時があるけれど、家事や育児、そして私たちの悩みには「明確な終わり」がないよね。子供が寝ても家事は残っているし、ベッドに入っても明日の不安が頭をよぎる……これじゃあ、いつまで経っても脳が「エンド」を認識できなくて、ストレスがダラダラと続いてしまう。
そんな終わりのない日常への対策として、物理的な時間じゃなく、自分の意志で「精神的な区切り」をつけることを提案するね。
部屋が散らかっていても、洗い物が残っていても、子供がまだぐずっていても関係ない。あなたが「よし、今日の営業はここまで!」と心の中で宣言して、大きく深呼吸をしたその瞬間。それが「エンド」だよ。
パソコンの電源を長押しして強制終了させるみたいに、思考のスイッチを自分のタイミングで切るんだ。お風呂から上がる瞬間でも、歯磨きが終わった瞬間でもいい。
「はい、今日の私はよくやりました。おしまい!」
そう言葉にして(あるいは心の中で)、パチンと指を鳴らしてみるのもいいかもしれないね。この「終了宣言」の儀式があるだけで、脳は「あ、このタスクは完了したんだな」と錯覚して、驚くほどスッと休息モードに入ることができるようになる。
試してみて。
「はい、おわり!」とか「終了」って言うだけ。
ステップ3【ネガティブの利用】最悪な出来事こそ、最高の「伏線」に変える
最後、三つ目は少し上級者向けの、でもとっても使えるテクニックだよ。もし、その日に大きなミスや、最悪なトラブル(ネガティブなピーク)が起きてしまったらどうするか。
そんな時こそ、ニヤッと笑ってこう考えてみて。
「これは、ラストで感動するための『伏線』が入ったな」
って。
映画やドラマを思い出してごらん。主人公がずっと幸せなだけの話なんて、退屈で記憶に残らないでしょ?大きなピンチや試練があるからこそ、それを乗り越えたラストシーンが輝くんだ。
これを心理学では「コントラスト効果」と呼ぶんだけど、マイナスの出来事(冷たい水)が深ければ深いほど、その後にくる通常のエンド(ぬるい水)との落差が大きくなって、結果として幸福感が跳ね上がる仕組みなんだよね。
「失敗してよかった」なんて、無理にポジティブに思い込む必要はないよ。ただ、「あんなに最悪なことがあったのに、今はこうして温かいお茶を飲めている」という、その落差をしみじみと味わう。
「大変だったけど、最後は乗り越えた1日」
そう編集された記憶は、何事もなかった平凡な1日よりも、ずっと鮮やかで、あなたに自信を与えてくれるドラマチックな思い出に変わる。最悪な日は、最高のエンディングを作るチャンスなんだよ。
【この章のポイント】
ピークは待つものではなく、朝イチで「予約」し、短時間でも「没入」して作るもの。
終わりのない日常に、自分の意志で「終了宣言」という区切りを入れることで、脳を休ませる。
大きな失敗(マイナス)は、最後のエンド(プラス)を引き立てるための「伏線」として利用できる。
【応用編】仕事・人間関係・育児。シーン別「ピークエンド」攻略ガイド
基本の3ステップは掴めたかな?
ここからは、もう少し踏み込んで、私たちが日常で直面する「具体的なシチュエーション」での戦い方を話そうと思うよ。
仕事、人間関係、そして育児。
どれも思い通りにいかないことばかりだけど、状況そのものを無理に変える必要はないんだ。「去り際」の振る舞いを少し変えるだけで、あなたの感じるストレスは劇的に軽くなるから。
【仕事】未完了タスクがあっても「達成感」を持って帰るクロージング術
仕事が終わらないまま帰路につく時の、あのもやもやとした不安感。嫌だよね。
実はこれ、「ツァイガルニク効果」っていう心理現象が働いているんだ。人間は「完了したもの」より「中途半端なもの」を強く記憶してしまう性質があるからね。
「実は…」とか、「続きはCMの後で」ってやつ。
脳が待機状態になって「まだか!まだなのか!」ってエネルギーを使っちゃう。
だから、未完了のまま帰ると、脳はずっと「あれが終わってない、どうしよう」と緊張状態(仕事モード)を維持してしまう。これを断ち切るには、脳に「完了信号」を送ってあげる必要があるんだよ。
おすすめなのが、退勤直前の1分間で行う「Doneリスト」の作成。
やるべきこと(To Do)じゃなくて、今日やったこと(Done)をメモに書き出すんだ。本当に小さなことで構わないよ。
| 分類 | 今日の「Done」の例 |
| 業務 | メールの返信を2件した。会議に出て話を聞いた。 |
| 準備 | 明日の資料のファイルを作った。デスクを拭いた。 |
| 自分 | 機嫌よく挨拶した。昼食をしっかり食べた。 |
どうかな?「これだけしかできなかった」ではなく、「これだけのことは完了させた」と視覚化するんだ。
これを見てからパソコンを閉じることで、脳は「ひと区切りついた」と納得してくれる。
そしてもう一つ。オフィスのドアを出る時、あるいはPCをシャットダウンする時の「お疲れ様でした」の一言。
たとえヘトヘトでも、この時だけは「大仕事を成し遂げたプロフェッショナル」のトーンで言ってみて。自分の声を一番近くで聞いているのは、自分自身なんだから。
ハリのある声で一日を締める。それだけで脳は「ああ、今日もやりきったんだな」と錯覚して、気持ちよくオフモードに切り替わることができるよ。
【人間関係】気まずい空気や喧嘩は「別れ際の1分」でリセットできる
喧嘩をして家を出る時、気まずい電話を切る時。
気まずい空気のまま別れてしまうと、その日一日中、ずっと嫌な気持ちを引きずってしまうよね。
これは、最後に受けた印象が全体の評価を決定づけるという、まさにピークエンドの法則そのもの。別れ際さえ良ければ、途中の険悪さはある程度帳消しにできるんだ。
喧嘩の最中に無理やり仲直りなんてしなくていい。それは、私だって面倒だしハードルが高すぎると思う。
ただ、別れるその瞬間だけ、ほんの1分だけ「大人の対応」をしてみて。
-
家を出る時、一瞬だけ目を見て「行ってきます」と言う。
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電話を切る時、丁寧な声で「失礼します」と言う。
-
ドアを乱暴に閉めずに、静かに閉める。
心の中ではまだ腹が立っていてもいいんだよ。行動だけでいい。
この「丁寧なエンド」を置くことで、相手の記憶に残るあなたの印象は「感情的な人」から「理性的な人」へと修正される。
これは相手のためじゃない。次に会う時の自分の気まずさを減らすための、「自分への投資」なんだよ。
【育児・夜】カオスな部屋でも安らぐ。脳を騙す「五感スイッチ」
子供が寝静まった後のリビング。
散らかったおもちゃ、畳んでいない洗濯物、溜まった洗い物……視界に入るすべてが「まだ終わっていない現実」を突きつけてきて、どっと疲れが出る瞬間だよね。
この時、真面目な人ほど「片付けなきゃ」と自分を追い込んでしまうけれど、疲れているなら無理は逆効果。
ここでは、脳の「感覚(五感)」を騙してしまおうか。
まず、視覚情報を遮断する。
部屋の大きな電気を消して、間接照明だけにする。アロマキャンドルを灯すのもいいね。
散らかった部屋が見えなくなれば、脳にとっては「存在しない」のと同じだよ。物理的に片付ける体力がなくても、視界から消すことでエンドを演出できるんだ。
次に、心地よい感覚(触覚・嗅覚)を上書きする。
肌触りの良いブランケットにくるまったり、お気に入りのハンドクリームの香りを深く吸い込んだり。あるいは、寝ている子供の頭を撫でて、その温かさを手のひらで感じるのもいい。
理屈で「幸せだ」と思い込むのは難しくても、感覚は正直だよ。
「いい匂い」
「気持ちいい」
「温かい」。
そんな動物的な快感で1日を締めくくれば、脳はその日を「安らかな日」として記憶してくれる。
完璧な人(親・夫婦、あるいは子)として1日を終える必要なんてない。
ただ、一人の人間として、心地よい感覚の中で眠りにつく。それだけで十分、最高のエンドなんだよ。
【この章のポイント】
仕事の終わりには「やったこと(Done)」をメモし、完了の合図を脳に送る。
人間の関係のトラブルは、別れ際の「丁寧な挨拶」だけでリセットできる。
片付かない夜は、照明を落として視覚ノイズを消し、触覚や嗅覚の心地よさで脳を満たす。
副作用に注意。ピークエンドの法則が「逆効果」になるパターンと回避策

ここまで、ピークエンドの法則がいかに強力なツールであるかをお話ししてきたね。 でも、強力な薬には必ず「副作用」がある。この法則も使い方を間違えると、かえってあなたを追い詰めたり、周囲との関係を壊したりする原因になってしまうんだ。
最後に、あなたを守るための大切な「使用上の注意」を伝えておくよ。ここを読み飛ばすと、せっかくの技術が逆効果になりかねないから……もう少しだけ、付き合ってくれるかな。
「自分」は騙せても「他人」は騙せない。信頼残高の減少に注意
まず一番怖いのが、この法則を「やるべきことをやらないための免罪符」にしてしまうこと。
たとえば、仕事で手を抜いてミスを連発したのに、帰り際に笑顔で挨拶したからといって、上司からの評価が上がるわけじゃない。約束を破り続けたのに、最後に優しくしたからといって、友人が心から許してくれるとは限らないよね。
ピークエンドの法則は、あくまで「自分の脳(記憶)」を快適にするための技術なんだ。自分の幸福度は回復できても、他人のあなたに対する評価や信頼までは、魔法みたいに変えることはできないんだよ。
もし、「終わりよければすべてよしなんでしょ?」と開き直って、途中のプロセスをおろそかにしてしまえば、周囲からの「信頼残高」は確実に減っていく。そうなれば、長期的にはあなたが損をすることになるよね。
この法則の正しい使い方は、「全力を尽くしたが、うまくいかなかった時」や「不可抗力のストレスに晒された時」に、自分の心を守る盾として使うこと。
誠実さを欠いてはいけないよ。
プロセスには誠実に向き合い、その上で結果が出なかった時の心のケアとして「エンド」を整える。その順番だけは、間違えないでね。
ネガティブ感情の「抑圧」はNG。辛さは認めてからラベルを貼る
二つ目は、自分の心に対する副作用について。
「終わりよければすべてよし」という言葉に縛られすぎて、途中の辛い感情に無理やり蓋をしてしまうことだね。これを心理学では「トキシック・ポジティビティ(有毒な前向きさ)」と呼ぶんだ。
本当に悲しい時、腹が立っている時に、「いやいや、笑って終わらなきゃ!」と自分の感情を無視するのは、ちょっと危ないかな。傷口を洗わずに絆創膏を貼るようなもので、心の中で膿んで、メンタル不調になってしまいかねないから。
蓋をしてみないようにしてる感じだね。でも、しっかりとそこにある。
大切なのは、「受容」してから「編集」するという2ステップを踏むことだよ。
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受容:「今日は本当に最悪だった」「あの一言は傷ついた」「私は今、怒っている」 まず、ネガティブな感情をしっかりと認め、吐き出して。紙に書き殴ってもいいし、お風呂で叫んでもいい。
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編集:「でも(But)、最後のアイスは美味しかった」「でも、私は今日を生き抜いた」 辛さを認めた上で、接続詞の「でも」を使って、最後に良いことを付け足すんだ。
「辛い」を消すんじゃなくて、「辛い」の後に「良い」を置く。この順序を守ることで、感情を押し殺すことなく、健全に記憶をアップデートすることができるよ。
他人の「ピーク」を見ない。寝る前スマホがすべてを台無しにする
そして最後。最も陥りやすい罠について話そうか。これは本当に、多くの人がやってしまっていることだと思う。
せっかくお気に入りのアロマを焚いて、自分を労って、最高の「エンド」を整えた直後。ベッドの中でスマホを開き、SNSを見てしまうこと……。これは、あなたが丁寧に積み上げた幸福感を、一瞬で台無しにする行為だよ。
SNSに溢れているのは、他人の人生の「ピーク(切り取られた最高の一瞬)」ばかり。
旅行、豪華なディナー、仲睦まじい家族の写真。それらを見た瞬間、あなたの脳は無意識に比較を始めて、「それに比べて私の1日はなんて地味なんだろう」という惨めさ(相対的剥奪感)で、記憶を上書きしてしまうんだ。
これでは、自分で自分の1日に泥を塗るようなものだよ。「エンドの儀式」を行ったら、もうスマホの画面は点灯させない。これを鉄則にして。
他人の人生を覗き見して終わるんじゃなくて、自分だけの人生の余韻に浸ったまま、静かに眠りに落ちる。それが、あなたの幸福度を守るための、最後の、そして最強のセキュリティなんだよ。
【この章のポイント】
ピークエンドの法則は「自分の心」を守るものであり、不誠実さを許す免罪符ではない。
ネガティブな感情は無理に消さず、「認めてから」最後に良いことを付け足す。
寝る前のSNSは、他人との比較で「良いエンド」を破壊するため、絶対に見ない。
まとめ。今日という1日の価値は、あなたが最後にどう微笑むかで決まる

泥のように疲れて眠る夜。その重たさは、もしかしたら明日も変わらないかもしれないね 私たちの日常は、相変わらず思い通りにいかないタスクや、理不尽な出来事で溢れているだろうから。
けれど、もう必要以上に自分を追い詰めることはないんだよ。あなたはもう知っているはず。
その「辛い時間の長さ」は、あなたの幸福度を決定する定規にはならないということを。
今日伝えたピークエンドの法則。これは、単に脳のクセを利用して気持ちが楽になるための、小手先の技術なんかじゃない。
どんなに混沌とした1日の中にも、きらりと光る一瞬を見つけ出し、それを大切に拾い上げる「意志」を持つこと。
そして、過ぎ去る時間をただ眺めるのではなく、最後にどう幕を引くかを自分で決めること。
それは、あなたが自分の人生に対する「尊厳」を取り戻す行為、そのものなんだよ。
完璧な1日なんて目指さなくていい。60点の日でも、40点の日でも、最後の一瞬をあなたが支配するなら、その人生は間違いなくあなたのものだ。
さて、今日はどんなふうにエンドマークを打とうか?
お気に入りの温かいお茶を飲んで「ほっ」と息をつくのもいいね。鏡に映る自分に向かって、小さく「よくやったね」と声をかけるのも素敵だよ。
もし、何もする気力が残っていなければ、倒れ込むように布団に入りながら、「全力で生きた証拠だ、よし!」と心の中で宣言するだけでも十分。
どれを選んでも正解だよ。あなたが最後にふっと微笑むことができたなら、その日は間違いなく「良い1日」として、あなたの歴史に静かに刻まれるのだから。
ほかの誰のためでもなく、あなた自身のために。今夜はどうか、優しいエンドを選んであげてね。
それじゃあ、良い夢を。おやすみなさい。
【この記事のポイント】
幸福度は「時間の長さ」ではなく、「ピーク(感情の揺れ)」と「エンド(去り際)」の印象で決まる。
事実を変えることはできなくても、最後の瞬間の解釈を変えることで、記憶は「良いもの」に編集できる。
「終わり」は向こうからやってこない。自分の意志で区切りをつけ、自分を労うことで、人生の主導権を取り戻せる。
このサイトでは、こうした古今東西の知恵を手がかりに、私たちが日々をより幸せに、そして豊かに生きていくための「考え方」や「物事の捉え方」を探求しているよ。
もし、興味があれば、他の記事も覗いてみてくれると嬉しいな。
きっと、新しい発見があるはずだよ。
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