完璧な「円」というものを見たことがない。
紙に描いても、黒板に描いても、線には太さがあり、どこかにわずかな歪みがある。それでも、それがどういうものなのかを理解している。目の前にあるのは不完全な図なのに、考えているのは完全な円そのものだ。
「美しいもの」と「美そのもの」は、同じだろうか。
花は美しい。夕焼けも、音楽も、誰かの言葉も、それぞれ違うのに美しいと言える。目の前にあるものは一つずつ違い、しかも少しずつ変わっていく。
目の前にあるのは不完全なものなのに、私たちはそこから、「完全な形」を思い浮かべることができる。
しかも、その完全なものは、どこかに置いてあって見つけたわけでもない。
では、いったい私たちは、何を手がかりにその「完全なもの」を考えているんだろう。
なぜプラトンは「イデア」を考えたのか

私たちは、変わっていく個々のものを見ながら、その奥にある「同じもの」を考えている。花も夕焼けも違うのに、どちらも美しいと言えるのは、その典型だね。こうした当たり前の判断の中に、プラトンが向き合った問題がある。
なぜ違うものを「美しい」と呼べるのか
花は、いずれ枯れる。夕焼けは、数分で色を変えて消えていく。誰かが描いた絵は、時間が経てば色褪せていく。
三つとも、性質はばらばらだよ。植物と、光の現象と、人の手による模写。共通点なんて、探せばいくらでも見つからないと言ってもいいくらい。
それでも私たちは、この三つをどれも「美しい」と呼べる。
……ちょっと、不思議な話だと思わない?
同じ言葉が、こんなにも違うものに当てはまる。そこには、何か一つのものが背後にあるからなのか。それとも、単なる言葉の癖なのか。
プラトンは『国家』第十巻で、多くの違うものが同じ名前で呼ばれていることを手がかりに、一つの「形」を考える議論を出している。
ただ、この箇所が、そのまま完成されたイデア論を説明しているのか、そこで言われる「一つの形」をどこまで厳密に捉えるべきなのかは、解釈の分かれるところでもある。
それでも、ここで見えてくる問題は面白い。
多くの違うものに、同じ言葉が使えるのはなぜなのか。
その背後に、共通する「それそのもの」があるからなのか。それとも、単に私たちが同じ言葉を使っているだけなのか。
……まあ、答えはまだ出さなくていい。
大事なのは、当たり前すぎて普段は気にもしない「同じ言葉が、違うものに当てはまる」という事実が、実はかなり奥の深い問題だということ。
「それは何か」を問う
もう一つ、似たような違和感がある。
誰かが勇気ある行動をしたとき、私たちはそれを見て「勇気があるね」と判断できる。特別な訓練もいらない。子どもでも、なんとなく分かる。
でも、「勇気とは何か」と正面から問われると、途端に言葉に詰まる。
判断できることと、説明できること。
この二つは、思っているよりずっと別物なんだよね。
プラトンより少し前の時代、ソクラテスという人がいた。彼は市場や広場で、いろんな人をつかまえては「敬虔とは何か」「正義とは何か」と問い続けていた人でね。個々の行いではなく、その行いを行いたらしめている”そのもの”を、ずっと探していた。
プラトンが描くソクラテスは、こうした「それは何か」という問いを繰り返していた。
ただ勇気のある行為をいくつ並べても、「勇気とは何か」そのものを定義したことにはならない。敬虔な行為をたくさん挙げても、「敬虔とは何か」という問いは残る。
プラトンは、こうした問いを引き継ぎながら、個々の事例の背後にある”そのもの”を、より本格的に考えようとしていった。
個々のものについて語ることと、そのものが「何であるか」を捉えること。
この二つの間には、思っているより大きな溝がある。
変化するものから確かな知識を得られるのか
花は枯れる。
人は変わる。
物は壊れる。
目に見えて、手で触れられるものは、放っておけば形を崩していく。それなのに私たちは、「美とは何か」「正義とは何か」「円とは何か」を、まるで変わらないもののように考えようとする。
けっこう奇妙なことだよ。
対象は絶えず動いているのに、問い方だけは、動かないものを相手にしようとする。
こうした問題をめぐって、後世のアリストテレスは、プラトンの思想形成について一つの説明を残している。
それによれば、ソクラテスは「それは何か」という普遍的なものを求めていた。一方、ヘラクレイトス的な考えでは、感覚されるものは絶えず変化していく。そこでプラトンは、変化する感覚的なものとは別に、変化しない普遍的なものを考えるようになった、とされる。
たとえば、花は咲き、枯れていく。それでも私たちは、違う花を見ても「花」と呼ぶことができる。変わっていく個々のものとは別に、「花とは何か」という変わらないものを考えたわけだ。
もちろん、これはプラトン自身が「私はこの順番でイデアを発見した」と語った記録じゃない。アリストテレスによる、”後から見た説明”なんだよね。
それでも、問題の形はかなり見えやすくなる。
花は枯れる。人は変わる。物は壊れる。
それなのに私たちは、「美とは何か」「正義とは何か」「円とは何か」と問うとき、変化しないものについて考えているかのように振る舞う。
そして、もう一方にはパルメニデスがいた。
パルメニデスは、真に「ある」と言えるものは、生じたり消えたりせず、変化しないと考えた。
流れ続けるものだけを見ていて、どうすれば確かな知識が得られるのか。
反対に、変化しないものだけを認めるなら、目の前で実際に変化している世界をどう説明するのか。
……どちらも、簡単には片付かない。
こうした問題意識のなかで、変化する個々のものとは別に、”変化しないものを考える”発想が出てくる。
それが、イデアという考えにつながっていく。
……そういうことだったのか、と思えたら、ここまでで十分。
プラトンのイデアとは何か

「それは何か」と問い始めると、目の前の個々のものだけでは答えきれないことに気づく。美しいものがいくつあっても、「美そのもの」はそのどれとも同じではない。そこでプラトンは、変化する個物とは別に、知識の対象となるものを考えた。
「美しいもの」と「美そのもの」
さっきの花に、もう一度戻ろうか。
花は美しい。でも、花そのものが「美そのもの」なのではない。花はいつか枯れるし、同じ花でも、見る人や時間によって美しさの感じ方は変わる。
それでも私たちは、「美そのもの」について考えることができる。
ここに、二つの層がある。
「美しいもの」と、「美そのもの」
『パイドン』では、「等しいもの」と「等しさそのもの」をめぐって、似た問題が扱われている。二本の棒が同じ長さに見えても、実際にはわずかに違っていることがある。それでも私たちは、目の前の棒そのものとは別に、「等しさそのもの」を考えられる。
花でも、棒でも、同じような問題が出てくる。
個々のものと、そのものが「何であるか」を考えることは、同じじゃない。
そしてプラトンにとってイデアは、単なる人間の頭の中にある「概念」ではなく、こうした知識の対象となる「それそのもの」として考えられている。
正しい行為と、正義そのもの。
大きなものと、大きさそのもの。
イデアは「理想」や「アイデア」ではない
「イデア」という日本語の響きから、多くの人は「理想」を連想する。理想の花、完璧なお手本、頭の中で描く最高の姿。
でも、それだと少しずれる。
イデアは、誰かの頭の中で思いついた発想じゃない。かといって、単に「評価するときの理想的な基準」というだけでもない。
プラトンにとってイデアは、変化する個々のものとは異なる、知識の対象だった。
「じゃあ、それはどこにあるの」と聞きたくなる気持ちも分かるよ。
でも、宇宙のどこかにある物体、という意味で「どこか」を探す話でもない。目で見ることはできないけれど、知性によって捉えようとするもの。
見えるものと、知性によって捉えられるもの。
たとえば三角形。
実際に紙に描いた三角形は、どれだけ丁寧に描いても完全なものじゃない。それでも私たちは、目の前の一つの図形だけではなく、「三角形とは何か」を考え、角度や辺の関係を数学的に扱うことができる。
この区別の方が、「天上にある理想世界」というイメージより、ずっと大事なんだよ。
イデアと個物はどう関係するのか
もう一つ、大事な問いが残っている。
この花は、なぜ「美しい」と呼べるのか。
プラトンは、それを、その花が「美そのもの」に、何らかの仕方であずかっているからだと説明する。
「分有」と訳される関係だね。
ただし、ここで大事なのは、「分有」が物理的に何かを受け取るという意味ではないこと。プラトン自身も、その関係を一つの明快な仕組みに還元して説明しているわけではない。
『パイドン』では、個々のものがそれぞれのイデアに「参与する」という考えが示される。『国家』第十巻では、ベッドのイデア、職人が作るベッド、そしてそのベッドを描いた絵という関係が登場する。
つまり、個々の美しいものと「美そのもの」は同じものではない。それでも、個々のものが美しいと言えることを、イデアとの関係から説明しようとする。
ここが、イデア論の面白いところでもあり、難しいところでもある。
イデアを置けば、個々のものがなぜその性質を持つのかを説明できそうに見える。
でも、その「分有」とはいったい何なのか。
この問いが、あとでイデア論そのものを揺さぶることになる。
イデアをどうやって知るのか

では、目には見えないものを、私たちはどうやって知るのだろう。知らないものを探すことには、そもそもどうやって探せばいいのかという逆説がつきまとう。知るとは何かを考えると、知識そのものの成り立ちまで問い直すことになる。
「知らないもの」をどう探究するのか
『メノン』という対話篇の中に、こんな問いが出てくる。
知っているものを、わざわざ探す必要はない。すでに手の中にあるんだから。
でも、知らないものは、何を探せばいいのか分からない。仮に偶然見つかったとしても、それが探していたものだと、どうやって判断できるのか。
だとすれば、知っているにせよ知らないにせよ、「探す」という行為そのものが、成り立たない。
……詭弁みたいに聞こえるでしょ。私も最初、そう思った。
でもプラトンは、これをただの言葉遊びとして流さなかった。真剣に受け止めて、答えを探した。
想起説とは何か
その答えとして出てきたのが、想起説。
『メノン』の中には、印象的な場面がある。教育を受けたことのない奴隷の少年に、幾何学の問題を出す場面。答えを教え込むんじゃなくて、問いを重ねていくだけ。それだけで、少年は自分の力で、正しい答えにたどり着いていく。
プラトンは『メノン』で、この行き詰まりに対して「想起」という考えを持ち出す。
探究とは、まったく未知のものをゼロから取り込むだけではなく、魂がすでに持っていたものを「思い出す」ことなのではないか。
そこでは、前世において魂が知っていたものを、生まれた後に想起するという説明まで登場する。だから、単なる「勉強とは復習のこと」という話じゃない。
むしろ、「知らないものをどうやって探究できるのか」というメノンの逆説に対して、プラトンが提示した一つの答えと見ると分かりやすい。『メノン』80dでは、まさに「知らないものを探すなら、それをどうやって探すのか」という問題が提示されている。
知らないものを探すことは、本当にできないのか。
想起説は、その問いへの一つの応答なんだよ。
知識と意見はどう違うのか
正しい答えを持っていることと、その答えを知っていることは、同じじゃない。
『メノン』では、たまたま正しい道を指し示せる人と、その道を知っている人が比較される。正しい「意見」でも、行動の上では役に立つ。でも、それだけでは知識と同じとは限らない。
プラトンの議論では、正しい意見が、そのままでは動きやすいものとして比喩され、それを「理由」によって結びつけることが、知識との差を説明する手がかりになる。
つまり、
「たまたま正しい」
と、
「なぜ正しいのかを説明できる」
の間には、差がある。
……この違いが見えてくると、次の疑問が自然に立ち上がってくる。
では、その「知ること」の段階そのものを、プラトンはどう描いたんだろう。
善のイデア・線分の比喩・洞窟の比喩

知識について考えていくと、何を知るかだけでなく、何によって知ることが可能になるのかという問題が現れる。プラトンは、善のイデア、線分、洞窟という三つの比喩を通して、知る対象と知り方、その変化を重ねて描いた。
善のイデアと太陽の比喩
理由や説明との結びつき、と言ったけれど、その理由を、最終的に支えているものは何なのか。
プラトンが置いたのは、善のイデア。
彼はこれを、太陽にたとえて説明している。
太陽の働きは、三つある。
物を見えるものにする。
目に、見る力そのものを与える。
そして、物を育てる。
善のイデアも、太陽になぞらえて考えることができる。
太陽は、目に見えるものを「見える」ようにするだけではない。見る側にも、”見るための力”が必要で、さらに植物などを育てる働きもある。
『国家』では、善のイデアについても、それに似た関係が語られる。知識の対象は、善によって知られるものとなるだけでなく、その存在や本質も、ある意味で善から関係づけられている、とされる。
ただし、ここでプラトンは、善そのものを「存在するもの」と同一視しているわけではなく、「存在を超えている」とまで述べている。
だから、善のイデアを「一番立派な道徳」くらいに考えると、少し小さすぎる。
むしろ、
「私たちは、何によって真理や知識へ近づけるのか」
という問題の一番奥に、善のイデアが置かれている。
そんなふうに捉えると分かりやすい。
線分の比喩が示す四つの認識
知るという行為には、段階がある。
プラトンは『国家』第六巻で、一本の線を使って、見えるものと知性によって捉えられるものをそれぞれ二つに分けている。こうして、認識のあり方は四つに分けられる。
- 最初は、影や水面に映った像のようなものを、それ自体として捉える段階。
- その次に、実際の物を見て、それについて信じる段階。
- さらにその先では、数学のように、目に見える図形を使いながらも、その図形そのものを超えたものを考える。
- そして最後には、そうした感覚的な補助に依存せず、知性によって対象そのものを捉えようとする。
哲学では、それぞれをエイカシア、ピスティス、ディアノイア、ノエーシスという言葉で呼ぶ。
ただ、名称を覚えることが大事なわけじゃない。
大事なのは、対象が変わるだけでなく、「それをどう理解しているか」そのものが変わっていくこと。
黒板に描いた三角形は、どれだけ丁寧に描いても完全な三角形じゃない。それでも数学では、その図を手がかりにして、目の前には存在しない完全な図形について考え、証明することができる。
……見たことのないものについて、確かなことを考えられる。
この不思議さを、プラトンは認識の段階として整理してみせた。
そして、この「段階を上がっていく」動きを、一つの物語として描いたのが、次の洞窟の比喩。
洞窟の比喩が描く認識の変化
洞窟の中に、生まれたときから鎖に繋がれた人たちがいる。彼らが見ているのは、壁に映る影だけ。比べるものがないから、それを疑うことすらない。影がすべてだと、信じ込んでいる。
その一人が、無理やり振り向かされる。
本物の火の光は、あまりに眩しい。今まで見ていた影の方が、よほどはっきりして、本物らしく感じられる。だから、この最初の一歩は、心地よくない。むしろ苦痛。
洞窟の外へ向かう道も、最初から快いものとして描かれているわけではない。
外へ出ても、いきなり太陽を見られるわけじゃない。最初は水面に映るものを見て、やがて実物を見られるようになり、最後に太陽そのものへと目を向けていく。
つまり、理解は一気に切り替わるのではなく、段階を踏んで進んでいく。
そして、その人は再び洞窟へ戻る。
ところが、暗闇に戻った彼は、最初はうまくものを見ることができない。それを見た仲間たちからすれば、外に出たせいで目を悪くしたようにも見える。
この場面も、単純に「賢くなった人が周囲から理解されない」という教訓にしてしまうより、”教育と認識の変化を描いた比喩”として読むほうが、プラトンの話には近い。
『国家』の冒頭で、洞窟の比喩は「教育と、その欠如」をめぐる私たちのあり方にたとえられている。
だから、この比喩の中心にあるのは、「外の世界こそ本物、洞窟は全部偽物」という単純な対立じゃない。
太陽は、知ることを可能にするもの。線分は、知り方の違い。洞窟は、その認識が、教育によってどのように変わっていくかを一つの物語にしたもの。
ここで三つが、つながってくる。
イデア論は完成した理論だったのか

ここまで見ると、イデア論は変化する世界と確かな知識の関係を、きれいに説明しているようにも見える。けれど、説明のために置いたイデアそのものが、別の問題を生み出すこともある。
理論を立てることは、問いを終わらせることではなかった。
『パルメニデス』で問われたイデア論
プラトンは、『パルメニデス』という対話篇で、イデア論そのものを厳しく検討する場面を描いている。
そこでは、若いソクラテスがイデアについて語り、それに対してパルメニデスが、個々のものがイデアに「あずかる」とは一体どういうことなのか、一つのイデアと多くの個物をどう関係づけるのか、といった問題を次々に投げかける。
……答えを出して、そこで筆を置いた、という話じゃないんだよね。
少なくとも『パルメニデス』を読むと、イデア論は最初から何の問題もない完成品として置かれているわけではないことが分かる。
イデアを置くことで生まれる問題
一つ、有名な難点がある。
たとえば、大きなものがいくつもあるから、それらが大きい理由を「大きさそのもの」というイデアで説明するとする。
ところが、もしその「大きさそのもの」もまた大きいものの一つだとすると、今度は、個々の大きなものと「大きさそのもの」に共通する、さらに別の「大きさそのもの」が必要になってしまう。
すると、その新しいイデアもまた大きいのなら、さらに別のイデアが必要になる。
……どこまで行っても、終わらない。
これが、後に「第三人間論法」と呼ばれることになる議論の一つの形。名前そのものはアリストテレスによるものだけれど、問題となる議論は『パルメニデス』132a–bに登場する。
もちろん、ここでの目的は「イデア論は論破された」と結論づけることじゃない。
むしろ面白いのは、イデアを置けばすべてが説明できるわけではなく、イデアを置いたからこそ、新しい問題まで生まれてくること。
アリストテレスは本質をどう考えたのか
プラトンの弟子だったアリストテレスは、この師の考え方とは違う道を選んだ。
大まかに言えば、プラトンが個々のものとは別にイデアを考えたのに対して、アリストテレスは、形相や本質を個々のものから切り離された別の存在として置くのではなく、個物そのものを成り立たせている側から考えようとした。
「本質は、個物とは別にあるのか」
それとも、
「個物そのものの中に、形や本質を求めるのか」
この違いは、プラトンとアリストテレスを考えるうえで大きな分かれ目になる。
ただ、二人の違いを「天上と地上」のような単純な対比だけで片付けると、かえって分かりにくくなる。
ここで大切なのは、同じ「それは何なのか」という問いに、二人が違う仕方で答えようとしたことなんだ。
イデア論が残した問い

目の前にあるものは、変わっていく。それなのに、私たちはどうして「それが何であるか」を理解できるんだろう。
最初は、この問いだった。
プラトンは、その問いに、イデアという考えを置いた。
そして、それだけで終わらせなかった。何が本当に知るべきものなのか。私たちはそれを、どうやって知るのか。その説明自体に、まだ問題は残っていないか。
……ずっと、考え続けていた。
イデア論は、「こういうものです」と一言で閉じられる知識じゃない。むしろ、閉じないままでいることの方が、この思想には合っている気がするよ。
もし次に、誰かの言う「それってつまり何?」という一言に出会ったら。
その奥に、案外プラトンと同じ問いが、潜んでいるかもしれない。
こちらも、このサイトで大切にしているテーマなので、よかったら覗いてみてほしい。



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